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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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平穏な日々。そして…

金物商人から採れなくなっていた「鉄の石」が近々採掘できるようになるという話を聞いた日陰は、それが『木ノ国』田上の地であることに気がつく。そこに『鉄ノ国』の王の死を隠す理由があることにも気がついた日陰の背後には黒い影が近づいていたのであった。

「うん?このお茶、美味しいのう」

 紅姫は一口花茶をすすると、しみじみとその味を堪能した。

 日の光が柔らかい午前の庭園。ささやかに緑を彩るように花が咲いている。

 かたわらには月影も立ち、春から初夏へと移り変わろうとしている空気を楽しんでいた。

「このまま時が止まればいい…」

 ふと紅姫がそんなことを口にした。

「なにかと口うるさい私も一緒ですが…それでもよろしいのですか?」

「うむ、そうじゃな。それはちと遠慮したい」

 やはり二人の側にいた桂がこらえきれずに笑った。ここ何日かからは、いつも通りに桂が紅姫のお世話をする日もあった。

「平穏とは良いものじゃ」

「左様でございますな」

 紅姫の心にはつねにある人物…日陰の存在が心にあったが、この一時はそのことも忘れ、温かな時間に身も心もあずけているように月影には見えた。

 そしてそれはこの先に起こる、数々の試練を乗り越える為の休息の時なのだと、月影は後に知ることになるのだった。


「日陰から連絡があったと!!」

 紅姫は嬉しさと、会えぬ切なさが入り混じった声を上げた。

 桔梗はそっと紅姫の背後にまわり込み、日陰から日向へ伝えられた伝言を話しはじめた。桔梗から伝えられた話を聞くほどに紅姫の表情には険が浮んだ。

 赤宮の皇座室。皇座に腰掛ける紅姫の背後に桔梗がいた。

 皇座下には月影もおり、二人の様子を見ていた。

(良い知らせではなさそうだな…)

 桔梗がさっと紅姫の背後に掛けられていた深紅の幕の裏に身を潜めると、紅姫が皇座から降りてきた。

「姫様?」

「話を聞いてくれるか?」

 うなずく月影。

「日陰が『鉄ノ国』に身を潜めていることは知っておるな。その日陰からの伝言なのだが、まず『鉄ノ国』の王が崩御したらしい」

「なんと!なんの知らせも入っておりませんが」

「それから昨年地崩れをおこした田上の地から採れた石に、『鉄ノ国』の官僚たちが興味を持っているそうだ」

「………」

「この二つをつなぐ事柄は今のところはわからないようだが、日陰は関係があると考えているらしい…そちはどう考える?」

 二人はゆっくり歩きながら窓際の椅子に向かい合って腰を下ろした。

「そうですね…まず、とにかく地質学の専門者に田上の石を調べてもらいましょう。しかし察するに『鉄ノ国』の者が興味を持つということの理由は、一つしか考えられません」

「うむ。『鉄』の材料になるということか?」

「おそらく」

 どこからか鳥の鳴き声が聞こえた。

「そして問題なのは『伏せられた王の死』についてですが…」

 考え込む月影に、紅姫が問いかけた。

「私は国交間協定が関係しているのではないかと思うのだが」

 月影はうなずきもしなかったが、否定もしなかった。

「現、黄玉帝と崩御されという『鉄ノ国』獄火(ごくか)王の間で交されている協定のことですね…」

「そうじゃ、確か三十と一年前に起こった『鉄木戦争』の終結時に、当時の『木ノ国』の帝であった黒玉帝とすでに王位を継承していた獄火王の間で初めて交された協定で、黒玉帝が崩御された時に、その内容は検討され直し、再び黄玉帝と協定を結んだと歴史書で読んだと思うのだが…」

「そのとおりでございます」

「獄火王の死を隠す理由はその辺にありそうな気がするのだ」

 月影は窓の外を見た。

「…王の死をきっかけに、自国、『鉄ノ国』に有利になるように協定を結び直したい。しかし、それはそう簡単にいくものではございませんでしょうな」

「うむ」

「田上の地から採れるのが『鉄の石』ならばなおさらで…」

「なにをくわだてているのであろうか…まさか」

 紅姫の顔が一度に、泣き出しそうな程歪んだ。

「戦で…『木ノ国』を配下に入れたいと考えている…という可能性も」

 がたりと紅姫は立ち上がった。立ち上がった勢いで椅子が倒れた。

「いかん!!戦(いくさ)だけはだめだ。なんとしても、そんなくわだてがあるのならば阻止せねばならぬ!!」

 月影はなんとも重い心持ちで紅姫を見つめた。

(確かに戦はさけたい…その為には一刻も早く、情報の正確性と証拠が欲しいところであるが、さすがの日陰殿でもそう簡単に確実な情報と証拠をつかめずに、苦労しているのであろう…)

 紅宮の入り口から少し入り、衝立(ついたて)の裏で、茶器を盆にのせたまま立ち尽くしている人物がいた。

 それは桂であり、その顔色は蒼白であった。


 桔梗から日陰の伝言を聞いた十日後のこと。

 『木ノ国』と『財ノ国』を隔てている境川(さかいがわ)で一人の男性の遺体が発見されたのであった。

今回もごらんいただきましてありがとうございます。

すっかり秋めいてきた東北ですが、皆様のお国はいかかでございますか?

次回は10月10日金曜日15時に『哀しみの雨、伝言』(仮)を投稿予定です。

ではまた。

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