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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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日陰~其の四~

毎日死と隣合わせの緊張感の中、朝を迎えることの出来た日影に占い師は近い死を宣告する。

『木ノ国』田上で採取された石。隠された『鉄ノ国』の王の死。破片の情報に頭を悩ましていた日陰を呼び止める声があった…


「おう、日陰さんじゃねーか」

 この街で声をかけられるといつも一瞬どきりとしてしまう。

 声をかけてきたのは『鉄ノ国』のこの街に店を持ち、普段は金物の行商をしている初老の男だった。

「こんばんは。土門(どもん)さん」

「そんな急ぎ足で、どこぞに用事でもあるのかい?」

「いや、腹が減っているだけさ」

「なら家で食っていきゃいい。ばばぁしかいないが、金はかからねぇぞ」

 日陰は笑いながら、土門という男にしたがって店に入っていったのであった。

「おや、ずいぶん若い客人だねぇ」

「今晩は」

「あんたは運が良いよ。今日はいい魚が手に入ったんだ」

 そう言うと、老母は台所と思われる場所へと下がり、再びあらわれると商談用の机の上に酒の入った徳利とお猪口を置いていった。

「日陰さんは酒は?」

「気持ちだけいただいておきます」

「…そうかい」

 土門はここ『鉄ノ国』で日陰の数少ない気の許せる相手でもあったが、さすがに酒で酩酊するわけにはいかなかった。

 それは日陰の信条であった。信頼する者を相手にする時ほど、信用するな。信用するという言葉は便利だが、日陰にとって言い換えれば相手に責任を押し付ける…ということのほかなかった。

「最近鉄の具合はどうだい?」

 土門は首を横に振った。

「あまり取れないのかい?」

「噂じゃ、鉱山はとうにものけの“から”らしいよ。鉄の石も、掘る人間もなんにもありゃしないようだ」

「ふーん。そりゃ大変だな」

「大変だよ。ただ、これはまだ秘密なんだがな」

「ん?」

 目の前に魚の煮つけと、野菜の炒め物が出てくる。

 老母が台所に帰っていくのを確認すると、土門は日陰に近寄り、いっそう声を潜めた。

「近々良い採掘場から大量の鉄の石が採れるらしい。それもとびきり上質の、鉄の純度が高い石が」

「ほぉどこの山の話だろうな?」

「そこが問題なんだよ。そこまで話が進むと、ぴたっと皆口をつぐむ。俺たち商人の間ではどうもその採掘場っていうのはこの『鉄ノ国』じゃなく他国なんじゃないのかってもっぱらの噂だよ」

「なるほど…」

 からん

 日陰の箸が床に落ちる。

「…日陰…さん?」

「土門さん、この礼はかならず近いうちに」

 がちゃんと食器が音を立てるほどの勢いで立ち上がると、日陰は土門の店を出ていった。

「おーい、日陰さーん」

 日陰を追って外へ出た土門は、ぽかんと茶碗を片手に持ったまま店の入り口から雑踏に消えていく日陰を見送ったのだった。


(畜生!!俺はなんて馬鹿なんだ。大馬鹿だ!あの黒い石。『木ノ国』の田上で採掘されたという石は、あれは鉄の石なんだ。…そのうち採掘場から採れるってことはどういうことだ…王の死が伏せられていることと関係はあるのか…)

 いらいらと道を駆け抜けるように歩く日陰に、どんどん人がぶつかってゆく。

「いてぇなぁ」

「ちっ」

 しかし日陰にはそんな男たちの言葉は耳に入らず、頭が割れるほど色んな考えが渦巻き、浮かび上がったり、沈んでいったりしていた。

街の街灯が途切れ、月夜に照らされた野道を駆けるように歩く。

(浮かび上がってきた思考。『鉄木戦争』終結時に交された条約… 『木ノ国』若き日の黄玉帝と死を伏せられている王の間で交された友好条約。王が死んだ場合、新王がまた黄玉帝と交すことになるはずの友好条約。しかし、条約を交すつもりが新王になかったら?)

 日陰は立ち止まり、月を仰いだ。

「戦により、採石場を勝ち取り、自国のものにする…」

 間違いないと日陰は思った。だから王の死を伏せておき、新しい条約を結ばず、新王の即位までに戦の準備を整え、新王即位と同時に攻め込む…

(一刻も早く紅姫様に、いや黄玉帝様にこの可能性を伝えなければ)

 ふたたび歩き出した日陰の背後を、影が追っていることに日陰は気が付いていないのであった。あの女占い師の言葉も、今の日陰の脳裏からは消え去っていたのであったのだ。

皆様今回もご覧いただきましてありがとうございます。

次回10月3日金曜日15時に投稿予定の『哀しみの雨』(仮)では紅姫と月影の話に戻る予定です。ではまた。

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