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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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日陰~其の参~

『冬の殿』に紅姫が残ることへの過剰な拒否反応を見せた桂に不審をいだいた月影は、宮廷内部に仕込まれている密偵の桔梗に桂のことを探らせることにしたのであった。

一方、日陰からの文を手にした白蓮はその内容に驚きに震えていた。

(また朝日を拝むことができた)

 あばら家に差し込んだ光で目を覚ました日陰は、そう思いながら起き上がり、大あくびを一つした。

(三日ほど前に鷲につけて送った文は無事、日向の手から白蓮殿に届いた頃だろうか)

 瓶から柄杓一杯分の水を飲み、川に出て裸になり水浴びをする。

(白蓮殿はさぞや驚くことだろう。そして困惑)

 あばら家からは朝食の為に煮炊きする煙が上がり、川原では日陰と同じように水浴びをしたり、着物の洗濯をしたりしている者たちの姿が見えた。

(王が死んでも庶民の生活に変化はなくて…かぁ)

 白蓮に送った文には『鉄ノ国』の王が崩御したことがしたためられていた。

 しかし、この国の民どころか官僚のごく一部の者にしかこの事実は知られていなかった。

(なぜ王の死を隠すのか…)

 ばちゃん

 日陰は水で顔を洗った。

 普通ならば国をあげての葬儀、国葬の儀がおこなわれるところであろう。しかし王の死は伏せられ、この国ではいつもと変わらぬ毎日が営まれていた。

 文には『木ノ国』の田上の地で採取された石のことも書いた。なぜかこの国の官僚や発掘技師たちがずいぶんと興味を持っているようだったからだ。日陰には見たこともない石であり、ただの石ころとしか思えなかった。

 しかし、この二つの事柄が大きく『木ノ国』を揺るがす布石になっていたとは、いかに先見の明がある日陰とて、この時は知るよしがなく、この先、己の命を脅かすことになっていくとも気がついていないのであった。


 朝飯を食うために市をぶらぶら歩いていた日陰を呼び止める声があった。

 まさかこの時間帯に襲われることはないだろうと、めずらしくすっかり気が抜けていた日陰は、心臓が縮むような思いで腰の刀に手をかけながら振り返った。

 そこにいたのは、屋台に混じって店じまいをしかけていた占い師の女だった。

 少しほっとし、しかしまだ刀に手をかけたまま日陰は女に近づいた。

「俺のことを呼んだかい?」

「そう、あんたのことを呼んだのさ」

 女は店じまいの手を止め、自分の煙管に火を点け、煙を吹いた。

 煙を吹きかけられた日陰は、不愉快そうに手で払う。

「なんの用だ?まさか煙草を吸う姿を俺に見せたいわけでもあるまい」

「やっぱりだ」

 さっぱり会話が成り立たない女を見限り、歩を進めようとした日陰に占い師の女は言った。

「あんた死相が出ているよ」

 その言葉に日陰は足を止めた。

「それも、逃れられないくらいの強い死相だ。死神の鎌がもう首にかかっている」

「………」

 そこで日陰はまじまじと占い師の女を見た。女は年寄りにも、若い妖婦にも見えた。

「なにか思い残すことがあるなら、一刻も早くとげることだね」

 日陰は刀から手を離し、懐の銭入れから銀貨を一枚、女の片付けかけられた台の上に置いた。それは女の賃金としては破格の金額だった。だが、女は一流の占い師だったのだろう。首を横に振り、銀貨を日陰に返そうとするのだ。

「私のお節介さ。代はいらないよ」

「しかし…」

「それより死を宣告されたっていうのに落ち着いたもんだね。只者じゃない。そんなことを言われたら怒る奴がほとんどさ…こっちは親切のつもりだったんだけどね。だから最近は死を告げることは無かったが…あんたにはなぜか知らせたほうがいい気がしてね……」

 日陰はそれには答えず、笑いながら銀貨を女に握らせた。

「人は必ずいつか死ぬ」

「それでも忌まれるものさ。死を告げる者なんて」

 その点は日陰も似たようなもので、女の言葉は理解できた。

(俺も……凶兆ばかりを運んでいるようなもんだからな)

 市の雑踏に戻ろうとした日陰に女が告げた。

「確かに死は避けられない。しかし想いがあるのなら腹にとどめておくことだね。私があんたに助言してやれることはそのくらいだよ」

 女は銀貨をちらちらと振りかざした。

 助言は銀貨の礼ということなのだろう。

 日陰は手をあげることで女に礼を伝えたのであった。


 『鉄ノ国』の城を見張るための穴ぐらで、日陰は干し肉をちぎり食う。

(強い死相か…)

 日陰は『鉄ノ国』のことを考えた。

 『木ノ国』の田上で採取された石…

 伏せられている王の死…

 残された三兄弟による王座の争い…

 『鉄ノ国』の王には三人息子、異母兄弟がいるそうで、今までは『鉄ノ国』の中でもほうぼうへ散って街治め(まちおさめ)をおこなっていたらしいが、王が死んでからは相次いで、この国の中央であるこの城に長男である鋼(はがね)と次男である黒銀(こくぎん)は帰郷していた。

「ん?」

 遠眼鏡で、城の一室に広げられている地図を日陰は確かに見た。

 ぎしっ

 石を踏み込む音がし、日陰は振り返った。入り口に誰かが立っている。

「…土竜(もぐら)か?」

「へへへ。どうも日陰さん」

「声くらいかけろよ…間違って殺しちまうぞ」

 不機嫌に日陰が言った。

「まぁまぁ。良い情報を仕入れてきたんですから」

 日陰は一度、遠眼鏡から体を起こし、土竜の話を聞いてみることしにした。

 ちゃっかりと土竜は手を開いている。

「てめぇ金を取っておいて、がせだったら承知しねーぞ」

 土竜は自信ありげに、小柄な体に、小さな目をくりくり動かし日陰を見つめた。

 日陰は金貨を一枚土竜の手の平に置いた。


 城下街は今夜も炎のような活気に満ちている。

 人の間をすり抜け、土竜の話を思い出しながら日陰は飯屋に向かっていた。

(三男は行方知れずということになっているらしい…が、実のところ兄弟のどちらか、長男の鋼か次男の黒銀に殺されたのではないかという噂か…)

 確か三男は王の贔屓であり、正妻の子供だったと日陰は記憶していた。

(なるほど城に姿を見せないはずだ)

「おう、日陰さんじゃねーか」

ご覧いただきましてありがとうございます。

秋祭りの季節になりましたが皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私は見るばかりですが、どうにも見ないことには落ち着きません(笑)

次回は9月26日金曜日15時に『日陰~其の四~』を投稿予定です。

ではまた。

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