桂、大いに憤る
紅姫の密偵である日陰からの、一日でも早い連絡を受け取りたいが為に『冬の殿』に残ることにした紅姫一行。いっぽう『紡ぎ人』候補である鉄火は重大な自分の秘密を打ち明けようとしていたのであったが、白蓮も『冬の殿』に残ることになり、騒ぎの中打ち明ける機会を逃すのであった。
「姫様!!姫様!?」
「なんじゃ…騒々しい」
「!!本当におられる…」
寝床に腰をかけ、歌葉のいれてくれたお茶をすすっていた紅姫を前に、桂はよろよろと膝を床についた。
「大げさじゃな…」
この世の終わりのような表情をしている桂を見て、紅姫が困ったように笑った。
「桂様…?」
歌葉が桂の様子を気遣い、そっと背に手をかけたが、桂は振り払うように立ち上がり紅姫に詰め寄った。
「なぜ『神移り』の儀にお出ならないのでしょうか?まだ…そう!まだ間に合います。今からでもお出になって下さいませ!!」
紅姫は桂のあまりの剣幕に返答ができないでいた。
桂は紅姫を寝床から引っ張り出さん勢いだった。紅姫の手から茶器が落ち割れる音が、がらんと不気味なまでに静まり返った『冬の殿』に響き渡った。
月影の判断はここ『冬の殿』に紅姫一行は残る…だった。
月影のその一言を聞いた紅姫は驚いたが、月影はにっこりと笑って言った。
『紅姫様が思うように、必ず日陰殿はいらっしゃるでしょう。わたくしもそう思います。もし、本人がここにこられぬことがあっても、それならば使いの者を代わりによこしますでしょう。わたくしもできるだけここで待ちたいのです。日陰殿のことを』
「桂殿。我々が『冬の殿』に残ることを決めたのは、紅姫様と第一政務官であるわたくしです。が、紅姫様は体調を悪くされておりますので、なにか言いたいことがあるのでしたら、わたくしが聞きましょう」
月影の登場に桂と歌葉は跪いた。紅姫の寝所に月影が足を踏み入れることは、今までになかったことであった。
「…出すぎたことは承知で申しますが、少々の体調不良で『神移り』の儀をとりやめるなど、あまりにも国の行事を簡単に考え過ぎておられるのではないでしょうか?」
桂は物怖じせずに言い切った。
「なるほど。確かに桂殿の言い分は正しい」
「そう思うのであれば…」
桂の言葉を月影がさえぎった。
「黄玉帝様も、白姫様も反対されなかったのだ。行事としては問題ない。お付の侍女ならば今は紅姫様の体調を気遣うべきではないだろうか?」
月影の指摘に、桂は表情を強張らせ返す言葉がなくなったらしく、唇を噛み締めていたが、やがて頭を下げて紅姫の寝所から出ようとしていた。
「桂殿も体調を整えられよ」
月影の気遣いにさらに頭を下げて桂は寝所から走り出ていった。
「…驚きましたね…桂様。突然どうされたのでしょう?」
歌葉が割れた茶碗を集めながらつぶやいた。
「うむ」
紅姫も桂の様子には驚きの気持ちでいっぱいだった。
もし反対する者がいるとするならば、それは黄玉帝で、まさか桂があんなに声を荒げるとは思いもしなかったのだ。そして月影から聞いた話では、黄玉帝も白姫も紅姫が『神移り』の儀に出ないことに、初めは驚いていたが、体調が悪いという理由では無理強いもできず、特に大きな問題もないであろうと『冬の殿』に残ることを許された…とのことだった。
おそらく白姫なんぞは私がいかないことを喜んでいるのではないかと、紅姫は思っていた。
そして、その紅姫の想像は当たっていたのであったが。
「あーせいせいする」
馬車の中で白姫は大あくびをしながら言った。
「姉上は一生『冬の殿』で暮らせばよいのだ…そうだ!名案ではないだろうか?輿入れするまで姉上は『冬の殿』に、わたしは『夏の殿』で暮らせばいいのじゃ。そうすれば顔を合わせずにすむ。のぅ紫雲」
紫雲は揺られる馬車の中、白姫に同意するわけでもなく、ただ薄く笑っているだけだった。紫雲は月影を帝宮の皇座室に残した黄玉帝のことが気にかかっていたのだった。
黄玉帝、大臣、副大臣に囲まれた月影は、黄玉帝がなにを自分に聞きたいのか察することができた。そして月影の予想通り、黄玉帝から問われたことは『鉄ノ国』の動向についてだった。だが、日陰から連絡のない今、答えようがなく、言葉を濁しながら、のらりくらりと答えることを引き伸ばしたのであった。
日陰からの連絡を心待ちにしているのは、そういった意味で月影も紅姫と同じなのであった。
(しかし…)
紅姫の寝所を後にした月影は、桂の様子がどうしても腑に落ちなかった。
(そういえば…わたしがここに戻ってくる時に、門の中からを警護してくれた女がいたな…あれは確か紅姫様の侍女の中にいる『桔梗』(ききょう)とかいう名の者だったな)
「はい、わたくしは宮中の内を探ることを命に受けている者の一人でございます」
月影に赤宮の皇座室に呼び出された桔梗は、そう答えた。
「そうか…紅姫様はそなたの存在をご存知なのか?」
首を横に振る桔梗。
「なにかあった場合は日陰様か、日向様に連絡することになっております」
「そなたに聞きたい。そなたから見て最近の桂の様子はどう思う?」
「桂様ですか?………そうでございますね…思いつめているというか、今回の仮病もそうですが、行動に不審な点が多いように思います」
桔梗は美しい横顔を曇らせた。
「やはり仮病か?」
「わたくしはそう思います」
うなずく月影。
「通いの男がいるようなのだが、誰なのかがわからないのだ。知っているか?」
「いえ、何度か後をつけようとしたのですが、注意深い者のようでうまくいきませんでした」
今度は月影の顔が曇った。
「…男が通うようになったのはいつ頃からかな?」
「だいぶ前からです。それこそ初めは五年くらい前からだと…」
「五年!?」
「はい」
月影は机を打ち鳴らしていた。
「桔梗…」
「はい」
「わたしの命も受けてもらえるか?」
「もちろんでございます」
「ならば、桂のことを探って欲しい」
「どこまで?」
「どこまでも…だ。生まれから、ここに仕えるようになった経緯まで」
「かしこまりました」
桔梗が去った後の、皇座室で月影は一人考えていた。
時同じくして、見晴らし台にて立っていた白蓮のもとに一羽の鷲(わし)が舞い降りてきた。
鷲の足にくくり付けられている筒から小さな紙片を取り出し、さっと目を通す。
「おぉこれは…なんと」
白蓮の両手はぶるぶると震え、抑えることができなかったのであった。
皆様すっかり秋めいてきましたが、いかがお過ごしでしょうか?
つい先日軽トラックを運転する用事があったのですが、久しぶりのマニュアル車の運転に少し緊張してしまいました(笑)しかしなれてくると運転している感があって「あぁやっぱりマニュアルは良い」としばしの時でしたが軽トラとの一体感に酔いしれました。「エヴァ」風に言うとシンクロ率が断然オートマより高い感じがします。
でも、その後オートマにのり「やっぱり楽だな…」と思いました。あぁ私って。
次回は9月19日金曜日15時に「日陰~其の参~」(仮)の投稿を予定しております。ではまた。




