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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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『神移り』の儀にて…

不穏な様子の『鉄ノ国』に身を潜めている日陰に決定的な情報が入ってくる。どう動くか慎重に見定めている日陰が月をながめている時、同じ月を紅姫も違う意味で複雑な心境でながめていたのであった。一方、鉄火は白蓮になぜ自分が『紡ぎ人』になれないのか詰め寄っていたのであった。

「『神移り』の儀をとりやめる!?」

 月影は久しぶりに大きな声を出した。

 紅姫に驚かされて大声を出したのは久しぶりのことだった。

「赤宮の者たちは、だ」

「………なぜ…でございましょうか?」

「わたしの体調がすぐれぬ為だ」

「それは公的な言い訳でございましょう。本当のところは?」

 朝、赤宮の皇座室には、呼び出された月影、深緑がいた。桂に代わりお付の侍女である歌葉は下げられていた。

「本音を言う。桂が残るからじゃ」

 月影は、目をつむり紅姫の真意をはかりかねていた。

「…そのような子供の駄々でとりやめるのですか?」

「違うのじゃ…そのう、なんというか…嫌な予感がするのじゃ」

 月影は大きくため息をつき、深緑はどうなることかと固唾をのんで見守っていた。もうこの二人に口を挟むつもりは無いらしい。

「なにかがおかしいのじゃ…」

「それだけでは、とりやめることはできません。しかし、紅姫様が漠然と感じている不安もわかるような気がいたします」

 深緑が驚きの顔で月影を見た。

「深緑には初めてする話だが、紅姫様はとても優れた密偵をかかえておられる」

「あぁ、噂では聞いたことがあります」

「現にこのわたしも何度も助けられている」

「はい。…しかしそのことと、桂殿の体調がすぐれぬこと、『神移り』の儀をとり止めることがどう関係があるのか…さっぱりわかりかねます」

 深緑は実直に申し立てた。

「そうですね。整理しながら話しましょう。まず姫様、桂殿の体調不良の原因はわかりましたか?」

「うむ。歌葉にたずねてみた」

「子は?」

「懐妊ではないようだ」

「そうですか!…と、いうことは姫様はなににそんなに引っかかっておられるのか…」

「うむ。それが自分でもはっきりせぬことが気持ち悪いのじゃ」

「歌葉から聞いた話を正確にわたくしにもお聞かせ下さい」

「懐妊ではない。なぜなら悪阻(つわり)のようなものも見られぬし、『神移り』の儀の準備でも、体を大事にしているそぶりもなかった。だが、通いの男はいるようだ。しばしば男と会っている様子はあった…だが、その男が誰なのかは見たことがないし、聞いてもいつも笑ってはぐらかされる…と、いうことだった」

「ならば、話は簡単です」

「へっ?」

 深緑が間抜けな声を上げてしまった。

 紅姫も目をしばたかせている。

「“男”です。桂のもとに通っている男の正体がわからぬ。ことが不安なのです。ひいては、ご自分が待っている密偵からの使い、連絡がないことが桂のもとに通っている男と重なり、不安を引き起こしているのです」

「なるほど…」

 感心あらわな深緑と打って変わって、紅姫の表情には深い険が浮んだ。

「…すまぬが、深緑。そなたを信用していないわけではないが、月影と二人きりにしてくれるか?」

 紅姫の言葉に、深緑は特に気を悪くした様子もなく下がっていった。

 二人きりになった赤宮皇座室。

「…そちの読みは正しいと思う。そうだ、わたしは日陰からの連絡を待っている」

 手を組んだまま伏せった紅姫を、月影はあえて無言で待った。

「…ここ『冬の殿』は『財ノ国』を挟んでおるが、もっとも『鉄ノ国』に近い。日陰なら…『神移りの儀』があることを知っている日陰なら、必ず一度くらいは連絡を入れてくれても良いようなものなのに…」

 月影は迷った。紅姫はの言っていることは、恋する相手からの一刻も早く便りが欲しい…ということでもあり、だが、直接会ったことがないにしろ『日陰』という人物を知っている者ならば、湧き上がる疑念でもあることも、また確かであった。

「わたしは桂と離れることへの不安、日陰と連絡が取れないという苛立ちから判断を見誤る可能性が高い。すまぬがそなたに最終判断をゆだねたい。そしてわたしはそれに従う」

 紅姫は心にためていたことを吐き出したせいか、すっきりとした顔で月影に告げた。

「では………」


 鉄火は昨日、白蓮と話をした見晴台にきていた。

 今日は『神移り』の儀、開始の日だと知っていたが、荷物をまとめるといっても、もともと旅を重ねて生活していた鉄火にとっては、背に負う袋が一つであった。

 昨日の白蓮の言葉が蘇る。

 白くなった髭をしごきながら、白蓮は語りだした。

「おぬしはのう…」

「はい?」

 服従の姿勢を崩さずに、鉄火は顔を上げた。

「おぬしは、どうも底が知れぬ」

 鉄火は白蓮の言葉の意がつかみきれないようで、困ったようにその顔を歪めた。

「まぁ腰掛けなさい」

 白蓮が見晴台にしつらえてある椅子に腰をかけた。

「わたしのようなじじぃになると、だいたいどんな道を進めば、その者にとって良いのか見えてくる」

「そうなのですか?」

「うむ。今さらながら占い師にでもなれば良かったと悔いておる」

「白蓮様、ご冗談ならやめて下さい」

「すまんすまん。いや、でもな、わしこそそなたに逆に聞きたい。そなたは…一体なに者なのだ」


 鉄火は下階で忙しく馬車に荷物を積んだり、市をたたんだりしている行商の人間たちや、自分の荷物を馬に付けたりしている武官、政務官たちを見ていた。

(さすが白蓮様というべきなのかな…)

 鉄火は『鉄ノ国』で金物問屋を営んでいる商家の三男坊で、『木ノ国』から兄が嫁をもらっていて、その兄嫁の父親である村長が、鉄火の身元保証人ということになっているのだが、本当のことを打ち明けたほうが良いのかもしれないと考え初めていた。

(あの方はお見通しだ…)

「おぉそなたこんな所におったのか!」

「白蓮様!?」

 侍女を連れた白蓮が鉄火の前にゅーっと出てきた。

「いやいや、昨日の逆じゃな。そんなに驚くとは」

「いかがいたしましたか?」

「赤宮の者たちは『冬の殿』に残ることになったそうでな、わしも残ることにした」

「は!?」

 こうして、鉄火の憂鬱は驚きにかき消されたのであった。

この度もご覧下さりまして誠にありがとうございます。

おそらく一話目から通してご覧になって下さっているかたは、数十人の方々だと思われるのですが、そんな皆様を決して裏切らないような結末に向かって書いているので、ぜひ、毎回お見逃しないようにお願いしたい所存でございます。もちろん初めてご覧いただいた皆様にも、深い感謝を感じております。気に入っていただけましたら、ぜひ続きもよろしくお願いいたします。

次回は9月12日金曜日15時に投稿予定です。ではまた。

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