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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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日陰、そして桂

日陰の行動に不吉な影を感じる月影と紅姫。そして日陰を強く想う紅姫の心中を知った月影。その日陰は『鉄ノ国』に潜伏し『鉄ノ国』の王宮の動きを探っていたのであった。

その日陰のもとに怪しい足音が近づいていたのであった…

 『鉄ノ国』(かなのくに)に潜っている日陰。流民たちがふきだまっている橋の下にひしめく小屋。日陰が寝ている小屋を目指して、そろりそろりと足を運ぶ影があった。

 音を立てないようにそっと扉をすべらせ、中の様子をうかがおうと日陰の小屋の中に体を入れると…

「きゃっ」

 首根っこを腕で絡めとられ、女は悲鳴を上げた。

「なんだ。菊花(きっか)か」

 日陰の腕から逃れた女はごほごほとむせ返っている。

「はぁ、はぁ、死ぬかと思った。ちょいと!もうちょっと丁寧に出迎えてもらいたいもんだね」

「連絡もなしに訪ねてくるからさ。知っていれば茶の一杯でも用意しておくよ」

「ふんっ」

 鼻息荒く菊花は小屋床の土埃を払い座った。蝶の羽のようにきらびやかで、重さを感じない衣装をまとった菊花は、まるで天女のようだった。

 化粧もほどこされ、髪の毛も美しく結い上げられている。

「なんの用だ?」

 袖口で口元を隠している菊花は、すっと紙片を日陰へ差し出した。

 その紙切れを広げ、目を通した日陰の顔色が変わった。

「なぜ公表しないんだ…」

 しかし二人とも、それ以上をここで話す気はないのだろう。菊花も口元を覆ったまま目をそらしたのだった。

「私はこれを渡しにきただけ。帰るよ」

「送っていく。夜道は危ない」

 立ち上がろうとした日陰を菊花がひらりと制す。

「送り迎えは心配ない。ちゃんと付添い人を連れてきているから」

 戸を開けていた菊花は辺りを見回すと、声を潜めた。

「ほんとうにおかしな街に、おかしな国だよ。私は一足先に出るよ」

 そう言い残すと、ぽつりと見える提灯の灯りを目指してかけていった。

 菊花を見送った日陰は、そして、月をあおいだ。


 紅姫は寝室の窓辺に立ち月を見ていた。

 嫌な夢を見て目を覚ましたのだ。だが肝心の夢の内容は覚えていなかった。ただ、嫌な夢だったことは覚えていた。

 さすっていた自分の手を見た時、白姫の柔らかな頬の感触が、まだ手の平に残っていることに悲しみがせり上がってきた。

(姉妹だというのに触れ合ったこともなく、初めてがこれか…)

 紅姫は寝床に戻り、天蓋の織りなす光と影の波間を見つめていた。

 妹が産まれたと聞き、母と祝いに白宮に出向いた時のことを、紅姫は思い出していた。

 なにげにゆりかごの白姫に近づき、その頬を触れようとした、その刹那。

 白梅貴妃に手をぶたれ「身分をわきまえられよ!」と怒鳴りつけられたのだ。紅梅貴妃は取り乱すことなく、そっと紅姫を連れて白宮を出たことは、今思えば賢明な行動であったなと紅姫は思う。

(なぜ、あんなにも白姫が私を憎んでいるのか…)

 白梅貴妃を思い出すとわかるような気がするのであった。


「さてと、三日後には『神移り』の儀でございますね」

 月影の声ではっと紅姫は我に返った。

「そうじゃな」

「桂殿に、裏方の準備は整っているか確認せねばならないですね」

「うむ」

「まぁ桂殿のことだ。準備は完璧でございましょうが…姫様?」

「いや、なんでもない」

「心配事があるのでしたら、なんなりと」

「…どうも桂の様子がおかしいようなのじゃ」

「それは?」

「体の調子でも悪いのか、心ここにあらずといったふうでな…」

 月影は大きく目を見開いた。

「それはめずらしい」

「そうなのじゃ…と言っても桂も人の子。体の調子も悪いこともあるだろうが」

「では今日も?」

「歌葉(かよう)が付いてくれている」

「では歌葉に準備の様子を聞いてみることにしますか…」

 赤宮の皇座室には紅姫と深緑が残り、二人で、政務官たちが各村から聴き取った今年の田の様子から、米の取れ高の算出を確認していた。それによって各村に配る米の量、売買に使う米の量を大方決めておくのだ。月影は二人にやらせてみて、後から細かく不備をさらに検討するつもりで室を出たのだったが、出会い頭、桂とぶつかりそうになり驚いた。

「桂殿ではありませんか…」

 桂はなるほど、紅姫が言うように、すぐれない顔色をしていた。

「このような所で…紅姫様になにか御用かな?」

「えっ、えぇ…」

「どうかしましたか?」

 桂はしばらく迷っているようだったが、意を決したのか口を開いた。

「いずれ月影様にも言わねばならぬのでお伝えいたします。実はわたくし、あまり体の調子がすぐれません」

「うむ」

「ですので、わたくしは『神移り』の儀には出ず、しばらくの間ここ『冬の殿』にて養生させていただこうかと思いまして…」

「なんと。そんなに具合が悪いのですか?」

「はぁ…」

「医者には見せたのですか?」

「あのう…いえ…」

「それはいけません。すぐにでもお医者の所に行くべきです。あなたがいらっしゃらないと紅姫様がお困りになります」

 桂は薄く笑うと首を横に振った。

「歌葉がおります。それに『神移り』の儀にはなんの不備もございません」

「そうですか…」

 会釈をしその場を離れようとする桂に、月影が医者にかかるように、さらにすすめたのは言うまでもなかった。


「子が!?」

「しー紅姫様!!」

「桂に子がおるのか?そう言ったのか」

「いえ、わたくしの勝手な想像でございますが…桂殿に好い人はいらっしゃらないのですか?」

「…聞いたことがないが…」

 紅姫はふぅとため息を付き、横をぷいっと向いてしまった。

「紅姫様から今度、ご確認してみて下され」

「そうじゃな…体調がすぐれぬのに医者にもかからぬとは…懐妊かもな」

「なぜ、そのように残念そうなのですか?おめでたいことではないですか。もしや桂殿を子供に取られるようで面白くないとか?」

「違う!そのように子供じみたことではないわ」

 月影の冷やかしに紅姫はついむきになって答えてしまう。つい声色が落ちてしまうのは、いつからか紅姫は心の中で、月影と桂が一緒になってくれぬだろうかとずっと思っていたからだった。本来ならば第一政務官である月影には、それなりの位のある政務官か武官の娘がふさわしいのだが、月影にはそのような箱入り娘では物足りないと紅姫は思っていた。

 まぁ自分が好意を抱いていている二人が夫婦になる…やはり子供じみているかと紅姫は自分に失笑したのだった。


 時同じくして、見晴台の一角。

「白蓮様、やっと二人きりになれましたね」

 鉄火はぐいぐいと白蓮に詰め寄った。

「娘を口説き落とそうとしている若者の台詞のようじゃな」

「白蓮様!」

 鉄火はしおらしく両膝を付き、『鉄ノ国』では最大の礼儀を尽くす姿である。両手を互いの裾の中に入れる姿をとった。これは敵意がない、ということをはっきりとあらわす姿であり、生涯のうちに一度とるか、とらぬかといった姿だった。そして鉄火がこの国にきて初めて白蓮に見せた姿でもあった。

「むぅ」

 博識の白蓮はもちろんその意味を知り、これはいつものようにのらりくらりとかわせないと感じた。

「何故、わたくしを後継者と定めて下さらないのですか?なにか問題があるのでしょうか?お教え下さい!!」

 白蓮は困り顔で髭をしごいたのであった。

今回もご覧いただきまして誠にありがとうございます。

次回は9月5日金曜日15時に『神移りの儀にて』(仮)を投稿予定です。もう9月に入ることに驚きです。

最近ブックマーク登録をして下さった方がいつの間にか何人か増えていて嬉しく感じております。ありがとうございます。(たまにしかPCを見れなくてすみません)

また、なにかのご縁で読んでいたただいた方にも同じように感謝でございます。もっと面白い話を読んでいただけますように精進いたします。ではまた。

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