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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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月影と樹桂

鉄火より白蓮に会う方法を知った月影。月影はどうしても白蓮に会い、聞きたいことがあった。それは日向たちの様子だった。日向に連絡を取ることをしぶっていた白蓮だったが、月影の懸命さに負け、日向に連絡を取ってくれることになったのだった。

 寒さに震え目を覚ました紅姫は、閉じられた格子窓よりもれてくる光に気が付いた。

 格子窓を開いてみると、月が見えた。

 窓の裏手は崖になっているため、冷たい風が吹き上がり入り込んできた。

「月影が帰ってきた…」

 独り言が口をついて出た。

 今でもあれは幻だったのではないかと思うほどだが、夕食の時に月影の帰りを、袖で涙を拭きながら喜んでいた桂のことを思い出すと、確かに今この国にいるのだと思う。

 月影の顔を見た瞬間から、不思議な安堵感が紅姫の胸に広がっていったことも確かだった。

(自分の力の無さを痛切に反省していたというのに、これだ…)

 紅姫は頭を振った。

(生涯をこの牢で過ごす覚悟はどこへいったのか)

 しかしどうしようもなく、紅姫の心は月影の今日見せた、悪さをして家に帰ってきた少年のような、はにかんだ面影を追ってしまうのであった。


 樹桂は生きた心地がしなかった。

(月影が無事に帰ってきてしまった…まったくなにが『鉄の影』だ。役立たずどもが!!)

 いらいらと自室を歩き回ってみたり、かと思えば抜け殻のように布団に腰を下ろしてみたりと、まったくもってせわしない様子であった。

(もし私が暗殺者を月影に差し向けたことがばれたらどうなる?私が勝手にやったことだからな…ええぃそれも、確実に白姫様にこの国の皇女になって欲しいからであったからで…)

 樹桂は酒の入った杯をあおり、むせ返った。

(…月影は黄玉帝になにを話したのだろう…あやつは一体なにを知っているのだ!!)

 紅姫を牢に押し込める為に、偽の白姫殺害の指示書を作ったのもの樹桂。『水ノ国』とつながっており、紅姫が白姫を殺害するべく理由があったことを、ふれ回ったのも、紫雲にそそのかされた樹桂であった。

 しかし、いくらそそのかされたとはいえ、実行したのは樹桂。それも月影が『木ノ国』に帰ってきてからというもの、紫雲は樹桂を無視していた。

 こちらが紫雲と白姫の名を出さぬ限り、ありらも樹桂を放って置く様子だったが、問題は万が一の時のことだった。おそらく白姫と紫雲は知らぬ、存ぜぬで、樹桂を守ってくれるとは到底思えなかった。

「えぇい。一体わしはどうしたらいいものか…」

 途方にくれた樹桂に、翌日追い討ちをかけるふれが、黄玉帝より発せられるのだった。


 翌朝、黄玉帝に集められた政務官たちは、現在は投獄されているが、月影が紅姫の第一政務官に復帰することを皆の前で宣言した。

 樹桂が倒れそうになったのは言うまでもないだろう。

 帝宮の皇座室は一時ざわめいたが、黄玉帝の言葉に反対する者は、結局のところ一人もいないのであった。

 政務室に戻った政務官たちは、清流をのぞいて、正直なところ月影にどう接して良いものか戸惑っていることが月影には痛いほど伝わってきていた。 いたたまれなかったが、ここで逃げ出してはならないことも月影にはよくわかっていた。

 顔を引きつらせた樹桂が返してきた書の束に目を通してゆく月影。やることがあることは救いであった。

(しかし…樹桂殿は一体何をしておったのだ…細かな件や、通例通りに事が進むことについては処理されているが、大きな判断を必要とする、問題がある案件については処理が少しも進んでいない…)

 初めは遠慮がちに、机に腰をかけていた月影だったが、次第に机を打ち鳴らす癖が出てきて、周囲の者がその音に恐れをなし、顔を見合わせているなか、気がつくと月影は以前のように容赦なく担当者を質問攻めにしていたのだった。

 もちろん牢にいる紅姫のことを忘れることはなかったが、順にやらねばならないことがあるのだ。だから時折、宙を睨む月影を清流は不思議に思っていた。しかし、そんな時月影は政務の合間に考えていた。どうやって紅姫を牢から救い出すか。その為に必要なことはなんなのか…

 

 久しぶりの一仕事を終え、自室へ帰ろうとしていた月影を呼び止める者がいた。回廊の所々に置かれている蝋燭の炎が、ゆらりゆらりと近づいてくる者の動きに合わせ陰影をつくり出した。

「お仕事、ご苦労様」

「白蓮殿!!」

 まさか、昨日の今日で白蓮と話す機会がめぐってこようとは思っていなかった月影は驚きの声をあげた。

 白蓮が静かにの意味で、唇に指をあてた。

「まさか、もう連絡がついたのですか?」

「まぁわたしの部屋にきなされ」

 しわに埋もれた白蓮の表情からは、それが吉報なのか、凶報なのか月影には判断がつかないのであった。


 美しい色の白茶が、白磁の器に注がれる。

 昨夜と違って今日の器は少し幅が厚く、ずっしりとした器だった。

「白蓮殿、早速本題に入らせていただきますが、日向は?疾風や鳶丸は?」

「今一度確認しますが、本当にお知りになりたいのかな」

「白蓮殿」

 月影の強い口調に、白蓮は一口茶を口に含み、飲み込んだ。

「…今のところ、皆、生きておるよ」

 月影の胸に、喜びと同時に大きな疑問が浮んだ。

「今のところ…?」

「日向は、大きく怪我を負った二人の看病ができるくらいの状態じゃ。疾風も何箇所も酷い傷を負ったが、意識もはっきりしており、日向を気遣うくらいの余裕はある…」

 月影の心の臓は、痛いほどに脈打っていた。

「鳶丸は…」

 白蓮が言いよどんだ。

「鳶丸は!?」

「片腕を失くしたそうじゃ」

 月影は唇を噛み締めて、唾を飲み込んだ。

 ごくりと鳴ったその音は、部屋中に響き割ったのではないかと月影に思わせた。

「しかし『鉄の影』を相手に片腕ですんだのは、まず良い結果といってもいいだろうな。首にも何箇所か切り傷を負い、生死の淵を彷徨っている。が、今の所は生きておる」

 机の上で握り締めていた拳が、張り裂けるのではないかと思うほど、月影は強く強く拳を握り締めた。それから、ゆっくりと立ち上がり、白蓮に一礼し、静かに白蓮の部屋を出ようとしていた。

「月影、『鉄の影』の雇い主…自分の命を狙った者の、いわば犯人探しをするのかね?」

 月影はすぐに白蓮の問いに答えなかった。

「………もともとはわたしの自分勝手な行動が原因です。しかし『鉄の影』の雇い主にもある程度の痛みは引き受けてもらいます。その者は紅姫をおとしいれた者でもありますから。その者が誰かは日向より聞いております」

 月影が話すたびに、ひんやりとした空気が流れたように白蓮は感じたのだった。

「月影。これはその日向からの伝言じゃ。『私たちの願いは唯一つ。紅姫様をお守りすること』だ。そして、わしも紅姫様の為にはそなたの力必要だと思っていた。いわば、わたしにも鳶丸の片腕の責任はあるのじゃ」

「昨夜は、日向たちを動かしたのは自分ではないとおっしゃっていましたが?」

 月影が笑った。

「何度も言うが、私はただの語り部『紡ぎ人』じゃ。しかし実際にことを動かさなくても、願えば、そこには責任が生まれる。そう思わんかね」

「私には…哲学的なことはどうも興味がわきません。でも白蓮殿が私の重荷を少しでも軽くしてくれようとしてくれていることはわかります。その気持ちはありがたいのですが、私こそ何度も言いますが、もういい大人です。心配はいりません。そして日向たちの意向もしかと受け止めました」

 きりりと白蓮を見つめた月影は、以前にまして強い意志がその瞳に宿っていたのであった。


 あくる日は春先によくある、水気を多く含んだ、湿った雪が強い風と共に『冬の殿』に吹きつけていた。

 あと三十日もしないうちに『夏の殿』(春から夏にかけて過ごす宮殿であり『木ノ国』の中でも北側に位置する)へむけて『神移り』(神の血筋である皇族たちが移動することをいう)が始まることで、政務室はあわただしい雰囲気があった。そんななかうろうろと『神移り』で通過する村の様子を確認したり、仮宮(皇族たちの宿泊する村の建物のこと)の確保をせかしていた樹桂がやっと自分の席に戻ってきたので、月影は樹桂に声をかけた。

 おそらく月影を避けていたのであろうが、隣り合った席だ。逃げ回るのには限界があった。

「樹桂殿、少々よろしいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「ここではなんですので…できれば二人きりでしたいお話がございます」

「なんじゃ、なんじゃ、そのような恐い顔をして。ここでもよかろう」

 樹桂がわざとらしいほどの笑顔で、豪快な笑顔をみせたが、月影は静かに首を横に振った。

 有無を言わせぬ月影の様子に観念した樹桂は、ため息を一つ大きくつき、のろのろと席を立った。


 今は主のいない赤宮の皇座室。

 それでも重要な物が多数保管されている為、入り口には衛兵二名が、しっかりと番をしている。なかには、紅姫のしたためた書であることの証明になる印も置いてある。

 そこへやすやすと入ることのできる人間は限られている。黄玉帝、大臣、副大臣、そして紅姫の第一政務官。

 窓辺の政務執行の為の文机とは別に、休息の為につくられた長椅子と、円卓、そしてそれを囲む椅子が置いてある場所があった。暖炉が近くにあり、寒さが厳しい時期には紅姫を囲んでお茶を飲みながら休息することもある。が、今は冷え切っていた。

 月影は自分の正面に樹桂がくるように円卓の椅子の一つに腰をかけると、樹桂に椅子を勧めるわけでもなく、静かに机の上に手を組んだまま、目を閉じていた。

 どのくらいの時間そうしていただろうか。樹桂は自分から話しかけることで、いらぬことを口走ることを警戒し、黙って月影の出方を見ていた。

 お互いの呼吸が伝わるほどの静寂のなか、月影が目を細く開いた。

「私は、もうここには帰ってくる気はありませんでした。政務官としての自分の不甲斐無さを痛感したからです。だが、この国の何人かの人間は、私を放って置いてくれなかったのです」

 樹桂は唾を飲み込んだ。

「私はこの国へ帰らねばならなくなりました。いや、帰らねばと思うようになりました」

 月影は目を見開き、正面に棒立ちになっている樹桂を睨んだ。

「しかしその為に犠牲が払われました。私を守るため腕を失くし、現在も生死の淵を彷徨っている者がいます」

「そんなことがあったのか!?…しかし月影、その話、私になんの関係があるのかな?」

 樹桂はぬけぬけと言ってのけた。

「本当は暗殺者を放った者へ、その者の片腕を犠牲の代償として差し出してもらいたいところだが………そのことについては、悔しいが不問に処したいと考えております。なぜなら…」

 樹桂は自分でも気付かぬうちに、腕をさすっていた。

「なぜならば、腕を失った者、傷ついた者たちの願いは、紅姫様が牢から出て、政務に復活することだからです。樹桂殿。なぜ、紅姫様をおとしいれるようなことをされた」

皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか?

梅雨が明けたようです。暑いです。脳みそが溶けそうです。

すっかり8月です。夏は嫌いではありません。とくに涼しくなった夕方に散歩するのが好きです。太陽は沈んでいるのに明るい感じが、ちょっと寂しいのに、日中の余韻があって。

次回は8月8日金曜日の15時に投稿予定です。ではまた。


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