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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第五章 国と国、それは民
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月影と紡ぎ人たち

人払いをし、黄玉帝に日陰が調べてくれた情報を自分が調べたものとして報告した月影。それは『水ノ国』の裏には『鉄ノ国』が動いているというものだった。いずれ二つの国の間につながりがあることの物的証明をしてみせると言い切った月影であった。

 黄玉帝からの呼び出しを終えて、月影が次にむかったのは白蓮のもとだった。

 月影には連絡を取りたい相手、いや、相手の様子を知りたい人たちがいた。それは紅姫付きの密偵である日向(ひなた)、疾風〔はやて〕、そして月影の影武者になりここまで警護をしてくれた鳶丸(とびまる)たちの様子を知りたかったのであった。

 紅姫にならば簡単に連絡をとる方法を知っていたのだろうが、夜を迎えた今、紅姫に会うことは不可能だった。だが月影には夜明けを待つことも、仮に明日の朝になってから紅姫に接見する手続きをすることも、とても待てることではなかった。

 以前に白蓮から内密の話として、日向のことを聞いたことがあった。

(その時におかしいとすぐに気がつくべきであった)

 が、今は自分の不徳を恥じている場合ではなかった。月影は夕飯を食べることも忘れ、白蓮を探してまわっていた。しかしこれがなかなか見つからず、月影はいらだっていた。

 回廊でばったりと鉄火と月影が出会った。

 黒髪を逆立てた、月影から見ると奇妙な服装の少年は、その外見からは想像もつかない優美な動作で一歩下がって跪き、道を月影に譲った。

 軽く頭を下げた月影に、鉄火が声をかけた。

「もしかして白蓮様をお探しですか?」

「…そうだが…」

 なぜわかった、と月影は問いかけたかった。

「わたくしも今の月影殿のように、歩き回っていたことがあったので」

「そうか、すっかり疑いは晴れたのだな。良かった」

 月影は隣国『水ノ国』の玉雨王子に扮した玉蘭を殺害した『流』という男のことを思い出していた。物腰穏やかなその男は暗殺者であり鉄火と同じ『紡ぎ人』候補に紛れていたのだ。

「はい、ありがたいことに疑いは晴れました」

「浮雲…で、よかったかな?もう一人の候補者も元気であるかな?」

「…浮雲は自分の国に帰りました」

 鉄火は寂しげに告げた。

「そうであったか…では、そなたが『紡ぎ人』を受け継ぐのかな」

「そのお話を白蓮様としたいと思い、探し回っていたのですが、お姿すらなかなか拝見することが叶わず、こんにちにいたっております」

「そうなのか?」

「ですが、夜更けにならばお部屋にお戻りになっているようです。私のような身分ではとても訪ねることは、はばかられますが、月影様ほどのお方ならばかまわぬでしょう」

「参考になる話をありがとう。白蓮に会えたら、そなたのことも伝えておこう」

「もったいないお言葉を、ありがとうございます」

 深々と頭を下げた鉄火を残し、月影はいなくなった浮雲にを思い出しながら回廊を進んでいった。


 夜更け。

 満月の中、白蓮の部屋にむかって足を進める月影。

(紅姫様もこの月をご覧になっておられるのだろうか…)

 牢の板の間で寝ている紅姫のことを思うと、胸が痛んだ。

(確かに明かりが点いているな…)

 白蓮の部屋からは、ぼんやりと暖かい色の光が漏れていた。

 こんこんこん。

 扉を叩く月影。

 静まり返った部屋からは、物音一つしなかった。

(明かりの消し忘れか…)

 身をひるがえし帰ろうとした時、ゆっくりと扉が開かれた。


「やっと帰ってきましたな…」

 白蓮の物言いは、決して皮肉なものではなく、遠くへ旅立った息子の帰還を喜ぶ親のような言い方だった。

「すみませぬ。わたしがいない間に紅姫様があのようなことに…」

「そなたのせいではないよ」

 白蓮がお茶をそそいでくれる。

 湯気立つそのお茶からは、なんとも心が落ち着く不思議で温かい花の香りがした。

「して、このような夜更けになに用ですかな?」

 ゆらめく蝋燭の明かりに照らされた白蓮は、この世の者ではないようにも見えた。

(この狐じじぃは…)

 月影はこぼれる苦笑いを悟られないように、お茶を口に含んだ。

(やれやれ、狸に狐と魑魅魍魎が跋扈するとはこのことか…)

 かたりと白磁の美しい茶碗を、月影は机に置いた。

「日向(ひなた)と連絡を取りたい」

 月影はこの上なく単刀直入に言った。

「ふぅむ。このわしが紅姫様の密偵と連絡を取れると?」

「知りたいのです。日向が、疾風(はやて)や鳶丸〔とびまる〕が無事かどうか」

 白い顎鬚をしごきながら、白蓮は月影を見ていた。

「知ってどうするのですか」

「どうする…と言われても…。知りたいということに理由が必要ですか?最後に見た疾風は血まみれでした。鳶丸は私の影武者を引き受けてくれました…」

「死んでいたらどうする」

 その言葉はあまりにも簡単に白蓮の口から出てきた為、月影は胃の腑をつかまれたような重苦しさを感じ、言葉に詰まった。

「…償いを」

 やっと出てきた言葉は、自分でも陳腐なものだと月影は思った。

「あやつらはそんなものは求めておらん。墓に花でも供えるのか?」

「白蓮殿。子供扱いはお止め下さい。私は真実を知らなければならないのです」

「なるほど…まぁそうか」

「もしかして、もう日向たちのことを、どうなっているのかを知っているのですか!?」

「ちょ、ちょっとまて落ち着きなさい。またお茶がこぼれてしまった…」

 白蓮はぶつぶつ言いながらこぼれたお茶を拭いた。

「すみません…」

「知らんよ」

 月影は面を上げた。

「しかし、確かにわしは紅姫様に変わって日向に連絡を取ることはできる」

「白蓮殿!!」

「わしがぬかったわい。前におぬしについ、日陰と日向のことを口走ってしまった。いつお前さんが気が付くかとひやひやしていたが…ばれてしまっていてはしょうがない。日向には連絡をとってやる。約束するよ」

「お願い申します」

 月影は深々と頭を下げた。その時一つの閃きが頭の中を駆け抜けた。

「もしかして日陰(ひかげ)に変わって日向に私の所へ『財ノ国』に行くように指示したのはあなたですか!?」

「ふぉふぉふぉ。わしはただの物語を語って聞かせるじじぃだよ。難しいことはわからん」

(違う)

 月影はそう感じた。自分がここに無事戻ってこられるように、白蓮が導いてくれたのだと…

 最後まで白蓮は密偵を動かしたことは認めなかったが、月影はそれでもよかった。日向と連絡が取れれば。

「では、おやすみ」

「夜分に失礼致しました。おやすみなさい」

 深く礼をした月影を温かい眼差しで見つめる白蓮。

 そして扉は閉じられた。

「はっ」

 月影が気付いた時にはもう遅かった。

「すまぬ。鉄火。そなたのことを忘れておった…」

皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか?

いよいよ夏も本番といった雰囲気がじりじりと近づいている感じがする東北です。

体調を悪くして間だったのか、いつの間にかブックマーク登録をしてくてた方が増えていたことに先日気が付きまして、この場を借りて感謝の気持ちをお伝えしたい次第です。つたない小説ですのに登録していただきまして本当にありがとうございます。

そしてもちろん未登録であっても、読んでいただいている皆様には、毎回感謝の気持ちと、もっと面白い物を読んでいただけたらという気持ちでいっぱいになります。

次回は8月の1日金曜日15時に投稿予定です。ではまた。

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