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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第四章 月影
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月影と密偵たち

代理の第一政務官、樹桂と紫雲の画策により、牢に入れられることになった紅姫。

月影を慕う清流、なんとしても紅姫を窮地から救い出したい桂。紅姫を慕う者たち

皆が月影の帰りを待つ中、月影は…

 夜が更けた頃、月影は目が覚め、布団から身を起こした。

 懐かしいはずの郷里の生家は、やはりあばら屋のままで、この冬は寒さに震えながら囲炉裏の火にあたり、月影は『冬の殿』での暖かい生活を懐かしんでいたのであった。

 ようやくここ『財ノ国』も春をむかえつつあり、寒さに震えることはなくなったが、今晩のように花冷えをする夜は、やっと五歳をむかえた末妹の娘を抱きしめながら、互いの体温で体を暖め合い休んでいた。

 ここ何年と畑仕事からは遠ざかっていたので、痛む体を、なだめながら立ち上がった月影に、末妹の娘が声をかけた。

「兄様…どうしたの?」

「厠だよ、寒かったかい?ほら、お母の布団に入れてもらっていなさい…」

「…うん…ちゃんと帰って来てね…」

 そう言うと反対側にごろりと向き、またくぅくぅと寝息を立て始めた。

(子供という生き物は、時々鋭いからから困る)

 月影は家族の顔を見渡し、それから気を引き締め厠にむかったのであった。


 建て付けの悪い、家の戸を叩きながら外に出ると、折りしも満月。

 自分の影を見ながら家から離れていく月影は、夜闇に向かって声をかけた。

「こんな夜更けに何用だ」

 月影の声に誘い出されたように、前方に黒い影が現れる。

 黒ずくめの衣装で身を固めた影が、ゆらりと戦闘の構えになった。

「やれやれ、どうも穏便な話ではなさそうだな…」

 月影は道端から棒切れを一本手に取り、ひゅっんと空中を切った。

 それから構える。

 密偵…それも暗殺を主な職にしている連中だということは、もと武官であった月影には、すぐにわかった。

(暗殺専門の連中相手に、こんな棒切れ一本でどこまでしのげるか…)

 家に刀は置いてあったが、おそらく家の中で刀を手に取った瞬間、家族も戦いに巻き込んでしまうことを考慮し、月影はあえて手ぶらでここまで出てきたのであった。

 ゆらゆらと影は、月影に近づいたり離れたりを繰り返している。

(ちっ、相手が何人いるのかもわからん。しかしなぜ今頃、密偵が?それも私なんかの命を狙ってあらわれるのか?)

 感覚を研ぎ澄ます月影。

 微かな小石を踏む音。衣擦れの音。呼吸の音。

(くる!!)

 目を見開いた月影の左頬を鋭い空気がかする。

(一太刀目はなんとかかわせたが…)

 と思う間もなく、二太刀目が、三太刀目が右へ、上部へと切り込んでくる。

 二太刀目もかわし、三太刀目は棒切れで受けたが、棒切れはなんの抵抗も出来ないまま、二つに切られた。

 役立たずになった棒切れを投げ捨て、左腕を捨て、相手の刀を奪う覚悟を月影が決めた時、両者の間に火薬球が投げ込まれ、闇夜に慣れた目に痛いほどの閃光を放った。

「月影殿こちらへ!!」

 聞いたことのある女の声とともに、腕を引かれるまま走り出す月影。

「疾風(はやて)、鳶丸〔とびまる〕後はまかせたぞ」

「おうさ!!」

 ちらりと振り返った先で、黒ずくめたちと疾風と鳶丸と呼ばれた二人が、一戦交えているのが目に入った。

「さっ、早く」

 一瞬振り返った月影を、鋭い声が牽制する。

「思い出したその声!!確か日向(ひなた)」

 日向は走る足をゆるめることなく、振り返り、にっと笑った。


「なんだって!!紅姫様が牢に入れられている!?」

「しーっ、いくら追っ手をまいたと言っても、大声はよして下さい」

 日向に叱られ、ぺたりと石の腰掛けに座り込む月影。

 洞窟の中はむき出しの岩で、荒い造りではあったが、それなりの広さがあり、一応腰掛けと机、火を焚く為の竈が作られていた。

 日向が、蝋燭(ろうそく)に火をともす。

「まさかそんなことになっていようとは…樹桂殿はなにをしておいでなのか?一体何が宮中で起きているのか?」

「まず、その樹桂なのだが…」

 日向が話始めたその時、洞窟の入り口のほうで、こんこんこん、と三度、岩を叩く音がした。

 同じように、こんこんこん と三度叩き返す日向。

「大丈夫、疾風と鳶丸だ」

 小柄な二人の男が洞窟へ入ってきた。

「いやー参ったしつこいのなんのって」

 そのうちの一人は腕を押さえている。

「疾風!大丈夫か?その腕は!?」

 日向が疾風と呼んでいる、まだ幼さの面影が強く残っている少年に向かって走っていく。

「ちょっと、切られただけだ、平気だよ」

 猿のような愛嬌のある表情をしていて、くるくるとその瞳がよく動く。

 傷口を舐めようとした疾風を日向が止める。

「裏に水桶がある。ちゃんと水で洗い流せ。刃に毒を仕込んでいる可能性だってあるんだから」

(ほう、やはりなかなかしっかりしている)

 月影は感心の眼差しで、裏手に疾風を連れていく日向を見つめた。

 となると、残った一人が鳶丸ということになる。鳶丸は右目に眼帯をかけていて、髪を結いまとめており、こちらも月影には年若く見えた。

 月影は立ち上がり、鳶丸に対し感謝の言葉をかけた。

「私の為に、危険にさらしてしまい申し訳ない。しかしお陰で助かりました」

 深く頭を下げた月影に、鳶丸は軽く会釈をすると、そわそわと入り口のほうへ行ってしまった。

 そこへ疾風と日向が騒々しく裏から戻ってきた。

 苦笑いをしている月影に日向が声をかける。

「あれ鳶丸は?」

「入り口のほうへ行ったようだよ」

「あいつは極端な照れ屋だかな。お偉いさんと一緒じゃ落ち着かなかったんだろう」

「お偉いさんなんて…今はただの農民だ。そうだ、日向殿、疾風殿、お二人にも礼を申さねばならぬ。助かりました。ありがとう」

「いえいえ、なぁ日向。それに」

「そうだよ、仕事だ」

 日向と疾風の素っ気無い返答に、月影は密偵として生きる者たちの厳しさを感じた。生きて帰れれば、それで良し。命を危険にさらして仕事をこなしても、誰からも、こうやって感謝されることもなかったのであろう。

 その時入り口から、かんかんかんかんかん、と五回岩が叩かれる音がした。

「おう」

 疾風が岩を叩き返す。

「鳶丸殿は?」

「一応念の為、もう一度あんたの家の様子を見てくるってさ」

「…そうですか。それはありがたい」

 家族の心配は、常に頭の片隅にあった月影は心のそこから感謝を述べた。

「大丈夫、襲う気なら、もうとっくに全員殺されていたから」

 頷く月影。疾風の言い分はもっともだった。

「そうだ日向殿、一体宮中では何が起きているのか、もっと詳しくお話下さい」

 月影の言葉を受け、三人は思い思いの場所へと腰を下ろしたのであった。

 なぜ、今、自分の命が狙われたのか?

 宮中では何が起きているのか?

 どこからか、狼の遠吠えが聞こえてきたのだった。

皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか?

この度も読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

次回は6月27日金曜日15時に「日向」(仮)を投稿予定

です。ではまた。

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