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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第四章 月影
33/63

決意

『水ノ国』へ玉蘭という偽物の王子を連れてきたことに対し抗議文を送る

ことにした『木ノ国』。その間に紅姫、月影、白蓮は鉄火より流の『紡ぎ話』

を聞き、その救いの無さに一同心が折れるようであったのだった。


「第一政務官を辞め、国に一度帰りたい?」

 皇座からおり、政務を行おうとしていた紅姫は声色低く、月影に問いただした。

「なぜじゃ?」

「なぜ…と申されましても…」

 月影は答えに窮(きゅう)した。まさか、紅姫様が他国の王子と契り(ちぎり)を結ぼうとしていた夜、あなた様と心中をはかろうとしていた…などと、とても言えなかった。

「ふーむ」

 紅姫は月影を見つめたが、月影は床に視線を落としたきりであった。

 『水ノ国』の王、康徳雨(こうとくう)からの返答は、思ったよりも早く『木ノ国』に、使者により届いた。

 その内容は…以外にも黄玉帝と紅姫が突きつけた偽王子を『木ノ国』に本物の王子として送り込んだ事実を認めるもので、深い謝罪、いや、本来ならば謝りきれるような事柄ではなかったが、文面には何度も謝罪の言葉が書き連ねられていた。

 それだけ日陰が用意した証拠に、真実性と重要性が高かったということだろう。

 その文中には、実は体調を崩しているのは后ではなく本物…というべきなのだろうか?『水ノ国』にいる玉雨王子で、とても国から出られる状態ではないこと、それどころか自国の政(まつりごと)にも出られず、玉蘭が王子の身代わりになり政を行っていたこと。水仙は、いつ病気を悪化ざせ死に至ってしまうかわからない息子をおいて、国を出られなかったことなどが書かれていた。

 今、すべての事実を知っている『木ノ国』の面々には多少は同情することはできたが、国交に有利な手札を持っているのは『木ノ国』であったので、『水ノ国』の謝罪への返答はより慎重に行うことにしたのであった。

 康徳雨王が一つ認めなかったことは、仕込まれていた暗殺者『流』についてであった。流については知らないの一点張りであった。

 これには政務官たちも首をひねった。事の重要度としては『暗殺者、流』よりも『偽の王子』が重きことで、偽の王子を認めるのなら流と共に認めてよい事柄に思えたが、むしろ玉蘭が暗殺されたことに対して、驚いているのではないかと文面よりうかがえた。

 実に不可解な謎を残したが、こちらも誰が玉蘭を殺したかが問題ではなく、偽の王子を差し出してきたことが大きな問題であったので、『水ノ国』が偽王子のことを認めた時点から流のことは後回しになっていった。


 月影が職を辞して暇をもらおうとしていたのは、『水ノ国』への謝罪についての返答もだいたい形が整い、後はいつ馬を走らせるかを協議している時であった。『水ノ国』へは、謝罪を受け入れること、ひいては今後も国交は絶えることはないが、謝罪の心はぜひ形にしてとっていただきたいこと、雪解けの際には一度『水ノ国』へ康徳雨王に来訪していただきたい旨を記したのであった。

 ようは王本人が謝りに来て、今後『木ノ国』に優位な条件で交易の条件を結び直したいということであった。これは当然『水ノ国』はのむ…いや、のまざるえないだろうというのが政務官一同の見解であった。


 紅姫は窓の外に目をやった。金剛が雪の中、暖炉にくべる為の薪を運んでいる姿が見える。

「糞まじめな月影は…おそらく私の配下から抜けようとするだろう…」

「糞!?」

 姫が使うにはあまりにもふさわしくない下品な言葉に、月影は面食らった。そして紅姫にそんな助言をする人物は一人しかいないことに気がついた。

(あのじじぃだ。白蓮殿)

 そこに紅姫へなにか伝え忘れでもあったのだろうか、樹桂が舞い戻ってきた。

「おっと、これは失礼」

 樹桂は衛兵に止められた。

「かまわぬ、入れ」

「お取り込みの最中だったのでは?」

「月影がしばらくの間、暇を取って国へ帰りたいそうじゃ」

「姫様!」

(樹桂なんぞに知れたら…)

 樹桂は顔を赤くし、鬼のような形相で月影を睨んだ。

「月影なにを言っておる!!これからも『水ノ国』とやり合わねばならぬ時に!!そなたは今度の功労者でもあり、かつ重大な責任者でもあるのだぞ…とと、すみません。第一政務官様に向かってそのような口の聞き方をしまして」

 怒気を吐き出しきってしまった樹桂は、今の自分の立場を思い出し頭を下げた。

「いや、そのように言われても仕方のない申し出を、わたくしはしております」

 慌てて頭を下げた樹桂より、深く頭を下げた月影を見て、紅姫が口を開いた。

「ならば」

「はっ」

「『財ノ国』へは三十日間の帰郷を認めよう」

「姫様!!それはなりませぬ」

 樹桂が泡を飛ばして抗議をした。

「月影にもなにか考えがあるのだろう」

「ありがとうございます」

「しかし…」

 樹桂は納得がいかぬようだったが、紅姫はここ最近、月影の様子がおかしいことが気にかかっていた。ここは月影の思うようにさせたほうが、おそらく今後の為になるであろうと踏んだのだ。

「その間の代理第一政務官は、樹桂、そなたに頼みたいのだが良いか?」

 樹桂は紅姫に向き直ると、深々と頭を下げながら、力強く返答した。

「はっ、この樹桂、一生懸命勤めさせていただきます!」


 清流は不安そうに廊下を行ったり来たりしていたが、月影の姿を認めるやいなや、大声で月影の袖をつかんで、まるで恋人がどこかへ行ってしまうがごとく泣きながら、すがりつかんばかりの勢いで質問攻めにした。。

「お国へ帰られるとは本当ですか!?」

「…清流。そう泣くな。ずいぶん早耳だな…三十日間お暇をいただいただけだ…」

「必ず、お戻りになられますよね」

(痛いところを突いてくる…)

 月影はそっと清流の両手を離し、やさしく微笑んだのだった。

「月影様…」

 政務室に入り、自分の机の片づけをしながら思い出す。

 初めてこの席に座った時のこと、

 紅姫様にお会いした日のこと、

 自分が下働きの間は、寒い思いをしたり、ひもじい思いをしたこと、

 位が少しずつ上がっていった時の充実感、

 第一政務官になれた時の満足感、

 紅姫様の難題に振り回された日々、

 月影にはすべてがもう懐かしく感じていた。

 そして…こんな形で、職を辞して、つかんだモノを手放そうとしていること。

 月影は思った。

(もし玉雨王子が本物で、私も認めざるを得ない素晴らしい人物だったとしたら…どうなっていたのだろうか?)

 思いのほか机に私物は入っておらず、書類のほとんどは樹桂へ。書物のほとんどは清流へ渡ったので、あっという間に荷物をまとめることができた。

 結果、隣の席、樹桂の机の上に秘密の度合いが高いことをあらわす、朱色の『秘』との文字判が押された書類が山積みになってしまった。

 その中の一部を手に取り、一枚紙をめくる。

 流の話した本物の王子のことはまだこちらの手札として『水ノ国』へは知らせていない。

 いくら向こうの密偵が入り込んでいるとは言っても、それは下働きの中であり、政務官や武官の中に入り込むことは出来ないだろう…ということは、まだ真実は漏れていないはずだ。本物の王子のことは、むしろ手札としては非常に扱いにくい。本物の王子がこの国で殺されてしまったことにもなるわけだからな…

(と、………いかん、いかん。私は、)

 月影は見慣れた政務官室をぐるりと見回した。

(ここを去る人間なのだ…後は樹桂がうまくやってくれるだろう)


 翌日、早朝。昇ったばかりの太陽の光が辺りの雪に反射し、光の眩しさに月影は目を細めた。二ノ門では清流、樹桂、義侠に見送られ、月影は今、一ノ門の前にいた。

 雪道と荷運びを得意とする馬を借り(このまま借りっぱなしかと思うと月影の心は痛んだが)荷物を積んだ馬にまたがった。

「本当にお一人で大丈夫でございますか?やはり山男(やまおとこ)を付けたほうが…」

 この山男とは、山に詳しい男のことで、もちろん雪山にも精通しており、流の捜索の際にもずいぶんと役に立ったようだ。

「いや、道はわかっておる。一人で大丈夫だ」

「はぁ…そこまでおっしゃるのならば、お止めしませんが…」

 馬係りは心配そうに月影と馬を見ている。

 月影の吐く息も、馬の吐く息も白い。他の馬の吐く息も白く、あちらこちらから白い息が昇る。

 一ノ門がゆっくりと開いていく。

(十日もあれば、休み休みなんとか峠を越えることができるだろうか…)

 そんなことを考えながら、馬を走らせようとしたその時、桂が前方に立っていることに月影は気が付き、慌てて手綱を引いた。

 姫様付きの侍女がここまで出てくること事態が珍しく、月影は度肝を抜かれた。

「桂殿…?」

 桂は近づいてきたかと思うと、きっとその面を上げ馬上の月影に言い放った。

「逃げるのですね。ずいぶんと勝手ができて羨ましいです。もっと骨のある方だと思っていたのに。雪山で凍え死ぬことのないように祈っております」

「………!!」

 桂の物言いに驚いて馬の背を見つめていた月影が、馬の手綱を引いて後ろを振り返った時にはもう桂の姿はなかった。

(言ってくれる…)

 月影は桂の言葉を(逃げるのですね)振り払うように大きく深呼吸をし、馬の腹を一蹴りすると、そのまま一ノ門を出て行ったのであった。

 

 桂が三ノ門から両腕を大きく振って、宮に入ってくる様子を紅姫は二階の窓から見ていた。

 なんとも言えない不安が胸に押し寄せた。

(判断を間違ったやもしれぬ…)

 こうした後悔は、紅姫には少ないことであった。

(色々なことが続いたからな…心の疲れが、己を不安にさせているだけだ)

 紅姫はそう思うことにして、曇った窓ガラスにすーっと一本の線を引いた。

 

 月影が一ノ門から出て行く姿を見晴台から見ている男が、ここにも一人。

(このまま一生『財ノ国』から帰ってこぬばよいのだ。あーせいせいするわい。目の上のたんこぶがいなくなった。生意気にも第一政務官などと…この指導役だった私を差し置いて。まだ青臭い人間には荷が重過ぎたのだ)

 樹桂は一ノ門が閉まる様子を見ながら顔を歪めて笑った。

読んでいただきまして、ありがとうございます。

前回の後書きで『三十一部分をご覧下さい』とお勧めしたのですが、

今、第何部分をご覧になっているのか、わからない読者の方もおられるのではと

気が付いたので、言い方を変えます。『流』という回があるので、まだ、

ご覧になっていない方は、出来たらご覧になっていただけたらと思います。

いつもは2話続けて掲載させてもらっていたのに、このところ1話ずつで

なんだか申し訳ありません。

その分、この先、怒涛の展開をお見せできるように、力を尽くしたいと

考えております。

次回は5月の23日金曜日15時の掲載予定を考えております。

ではまた。


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