オレではない、オレ
現実に失望していた蓮実鉄次。そんな彼を地震が襲い、
頭を打って気を失う。
気がつくと鉄次は日本語ではない言葉を話す人々の中に
横たわっていたのだった。
布団に座ったままあたりを見回すと、そこが粗末な木造の建物だということがわかった。窓の役割をおった格子部分からは黄色い光が漏れている。
数人の男からは相変わらず、肩をゆすられたり、強い調子で、おそらく何かを問いかけられているようだったが、言葉がわからないオレは呆けたまま、されるがままになっていた。
取り囲んでいる人々の服装も、今の日本では考えられないような形だ。
色こそは、とりどりだが、まるで昔の中国か韓国か? 一枚の布を折って、頭が通る部分をくり抜き、体にかぶり帯のような物で縛っている。
オレは布団を頭からかぶった。
ぶるぶると勝手に体が震える。
夢だ、夢だ、こんなの現実じゃない…
頭がズキリと痛み、手をやると、頭には包帯ではないが、もっとごわごわする布が巻かれていることがわかった。
…?
頭に手をやったことで気がついたが、頬の形、鼻、唇…
オレの顔じゃない…
もう一度顔を撫で回してみたが、やはりオレの顔ではないように感じた。
これは…どう、この事態をとらえればいいのか…
その時、布団の上からオレを撫でる手があることに気がついた。
いつまでもこのまま布団に隠れているわけにもいかない。
オレは、大きく深呼吸をした。
布団から顔を出すと、一人の少女が静かな表情でこちらを見ていた。
いつの間にか、オレを取り囲んでいた人々はいなくなっていた。少女は、敷き布団に座り込んでいたオレにゆっくり近づいてくると、オレの頭に手を当て、なにか言葉を話した。
オレは試しに、ゆっくりと頭を左右に振ってみる。
少女は怪訝な表情を浮かべ、また、言葉を発する。オレは頭を左右に振る。
少女はしばらくオレを眺めていたが、うなずくと、部屋から出て行った。
さて、どうなるか…
戸の外からはガヤガヤと話し声が聞こえてくる。
ドックン。オレの心臓が大きく跳ね上がる。ドックン。ドックン。
戸が開き、少女と数人の男たちがオレの前にきた。
ドックン。ドックン。ドックン。
少女が男たちに声をかけると、男たちは渋面を浮かべているが、しぶしぶといった感じで頷いた。
少女はオレの手を引き、立ち上がらせようとしているようだったので、オレは少女にまかせてみることにした。草履に足を入れ、土間を戸に向かって歩き出す。
戸の外はすぐに突き当たり、左右に壁が延びており、手を引かれながら暗い土間から光が差している右側に向かって歩き出す。
少女が振り返り、オレの頭を指差した。首をかしげるオレ。
少女がフラフラとおかしな足取りをして見せていることに気がついた。
あぁ。しっかり歩けるかどうか問いかけているのか。オレは頷き、ワザと足を強く踏みしめて見せた。少女は軽く頷いた。
振り返ると、男たちがこちらを睨みつけるように見ていたので、オレはなんだか居たたまれなくなり頭を下げた。すると、男たちははっと、オレにもわかるくらいに驚いた顔を見せた。
…? この時のオレには、その意味がまるでわかっていなかった。