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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
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紡ぎ人候補たちの夜 流の紡ぎ話~其の参~

玉雨王子と紅姫の略式ながらも婚儀の祝宴が催された翌日の夜の話。

『水ノ国』の王と従者たちは帰郷し、玉雨王子とその従者のみが

『木ノ国』に残っており、今宵こそが本当の意味での王子と姫の

契りの夜であったのでございました…

「本当に『紡ぎ人』選考は、してくれているのかねぇ」

 鉄火は先ほど部屋に配られた祝い酒の杯を机の上に置き、自分の寝床に腕を組んだまま寝転んだ。

 ここは鉄火と浮雲の相部屋だった。

 今宵は『木ノ国』の者たちのみによる宴会が催されていて、黄玉帝をはじめ大臣、副大臣、政務官、武官、休暇中にあたっている衛兵たちが宴に出ていた。

 その宴会の席で『紡ぎ話』を披露するようにと言い付かり、呼び出しがかかったらすぐに出られるようにと、二人の部屋に隣室の流も呼ばれ一部屋に集められていたのであった。

 鉄火の心配は、もっともだった。

 この『木ノ国』の『冬ノ殿』に呼び出された、『紡ぎ人』候補の三人。

 しかし、黄行帝が倒れたり、紅姫様の婚儀が急遽決まったりと、宮中は慌しく、見張りつきの身の上では何もすることはできずに、候補者の三人で陣取りの遊びに興じてみたり、見張りの衛兵と話しをしたりして暇をつぶさなければならないほどの、何も無さであったのだ。

 そしてなぜか白蓮までもここ数日は顔を見せず、夕刻に突然呼び出されたかと思うと、先に記した宴会の話を白蓮から申し付けられたのだった。

 宴会での『紡ぎ話』の披露について、当初流は、

「いくら宴席と言われましても、我々はまだ見習い。白蓮様がご披露するべきでは…」

 と、控えめに辞退を申し出たのだが、

「いやいや、わしにはもう深夜の宴席はしんどくてな。昨日の疲れがまだ抜けぬ有様で。すまぬが、おぬしたちに頼みたい。あまり自信がないのであれば…」

 白蓮は浮雲を見た。

「おぬしならば平気であろう?」

「そうでございますね。お偉方の前で芸を披露することには慣れております」

 まんざらでもない様子で浮雲が答えた。

「と、いうことじゃ。浮雲にまかせれば問題ない」

 白蓮はそう言ったが、我々が白蓮の代わりになれるはずもなく、昨日(さくじつ)の宴会には呼ばれず、今日は呼ばれるところをみると、何か事情があるのでは…と鉄火は思った。もしかすると昨日はあまり色々な国の人間を一つの部屋に入れたくなかっただけかもしれないが…

 流は承知の合図でうなずいたのだった。

 

 白蓮が部屋から出て行くと、自分の寝床に腰をかけていた浮雲に向かって流が言った。

「すまぬが浮雲殿。よろしくお願い申す」

「まぁまかしておいて下さいよ。酔っ払いのあしらいは」

 自信たっぷりに浮雲が笑った。

「鉄火さんもこの中では一番の年下とはいえ、なかなか肝が据わっている。妻子はいるのかい?」

「………いるような…いないような」

「なんだそれ」

 歯切れの悪い鉄火に浮雲が笑いながら祝い酒をあおった。

「俺は子供が六人に、残念ながら妻は一人だ」

 三人は笑った。

「しかし六人とは!」

 流が感嘆の声をあげた。

「子供は可愛いですぞ。妻と子の為と思えば大抵のことはなんのその。俺が鉄火さんと同じ十と八歳の頃には子供は…二人…いや三人だったかな?いたからね。その落ち着きぶりは父親のものかと思ったが…読み違えたか。この浮雲様とあろう者が」

 大げさに天を仰いだ浮雲に、鉄火はにやりと笑った。

「流殿は?失礼ながらお年から言えば、俺と同じくらいの息子さんか、娘さんがいてもおかしくないと見ましたが」

「私は天涯孤独と言えばいいのかな。子、どころか自分の親も知らぬのだよ」

「そうですか、親を知らぬのは俺と同じですね。寂しいものです」

 流は浮雲に、答えの変わりに少し寂しげに微笑んだ。

 浮雲は流の空になっていた杯に酒を注いだ。

 鉄火はその時の流に不穏なものを感じた。

 あまり自身のことを話さないのは鉄火も同じだったが、鉄火が今まで見てきた、ある種類の人間に良く似た笑い方を、流がしたからだ。

 親も子も関係ない。絶望、渇望、その果ての、あきらめ…

「鉄火さん、それは洒落者姿(しゃれものすがた)だよな。なかなか格好いいよな。俺も真似してみるかな?いや、でも俺がその格好だと子供が無理して変装しているみたいで、笑わす気がなくても笑われてしまうかな?」

「実際は、子供が六人もいるのにな」

 鉄火が軽口を叩くと、また、三人で笑った。

 今思うと、実に穏やかな宵(よい)だった。

 ………

 そんな時に、鉄火が寝転びながら『紡ぎ人』の選考についての疑問を口にしたのだった。

「そう言えば流殿の『紡ぎ話』は聞いたことがないな。良かったら一つ聞かせてもらえませんか。なぁに今日の本番で突然話してみろ!なんて言いませんから」

 浮雲は流に話を振った。選考について論議をしても答えが出ないことは皆、承知していた。

「そうですね…とてもあなたのように、滑らかにお話はできませんが…ある密偵でもあった暗殺者の話を聞いていただいてもよろしいかな?」

「もちろん、ぜひお聞かせ願いたい」

「あぁ俺も聞いてみたいね」

 浮雲と、鉄火は前のめりに身を起こした。

「あっいやいや、そんな。どうぞ、楽にお聞きになって下さい…では」


『ある密偵でもあった暗殺者の男の話。その男は名を持っていなかった為、「ナナシ」と呼ばれて、特に組織には属していませんでした。そんな「ナナシ」にある日大きな仕事が舞い込みました。「ナナシ」は、そうですね「ナナシ」にかけて「七国」(ななこく)という国の第二貴妃(だいにきひ)に雇われたのでした。「ナナシ」に今回与えられた仕事は、正妃である第一貴妃の産んだ王子を暗殺することでした。仮にその王子の名を「陽光」(ようこう)王子としましょう。

もとから第二貴妃と仲の悪かった正妃は、それは厳重な警備の中で赤子である王子を育てていました。「陽光」が亡くなれば、すでに第二貴妃の産んだ「陽雲」(よううん)王子が王の後を継ぐことができるのですから。

しかし「ナナシ」も名うての密偵であり暗殺者。侍女に化け、ある美しい月夜に、陽光王子が眠る寝室に潜り込むことに成功したのです。

ゆりかごの中ですやすや眠る陽光王子は、それはとても愛らしく「ナナシ」は自分の持っていないすべてを持っている、この赤子に対し炎のような嫉妬と言えばよいのかな…、湧き出てくる憎悪の感情のままに、枕を顔にあて、すぐにでも折れそうな細い首に手をかけたのでした。

が、その時ふと横に眠る、もう一人の、王子によく似た赤子が目に入ったのです。

その赤子は、まるで意思があるかのようにじっと「ナナシ」を見つめました。

「ナナシ」は乳の出が悪い正妃が乳母を雇っていた話を思い出しました。辺りをもう一度よく目をこらしてみると、いかにも身分の低そうな女が、床のゴザの上に転がってよく寝ています。

「ナナシ」は陽光王子の首から手を離しました。

もし、この二人を入れ替わらせたら面白いのに…なぜか、そんな考えが急に頭に思い浮かんだのです。「ナナシ」は酷く真面目に仕事をこなす男だったので、そんなことが思い浮かんだ自分にも驚きましたが、なぜかどうしてもそのすり替えを実行してみたくなったのです。

「ナナシ」は部屋で眠る乳母に、より深く眠りに落ちる薬を嗅がせ、その後、唯一大きく違った、二人の産着(うぶぎ)を着せ替え始めたのでした。痣や黒子など、目立った特長もどちらもありません。

暗殺者に産着を着せ替えるなんて出来ないとお思いでしょう?しかし「ナナシ」はありとあらゆる犯罪に手を染めており、その中には赤子や子供の売り買いもあって、赤子の服の着せ替えなんぞはお手のものだったのです。

「ナナシ」は素早く服を着せ替えると、ワザと今は身分の低くなった王子のしりを叩き、大声で泣かせ、見張りの兵と、世話係りが部屋に入ってくるように仕向け、その隙に寝室を出て行ったのでした。

二人とも生きているのです、その後も何も問題なく、片方は、本当は身分の低い家に生まれたにもかかわらず王になろうとしていて、片方は、本当は王になるはずが、乳兄弟としてはかなり優遇を受けましたが、どこまでも偽者の王の為に働く側近になったのでした』

「「ナナシ」はどうなったんだい?」

 浮雲が興奮気味に尋ねると、流が微笑みました。

『「ナナシ」は仕事を失敗したことになります。今度は自分が第二貴妃に命を狙われる身になってしまいました。そこで「ナナシ」は「ナナシ」の命を奪おうと放たれた暗殺者に追われている最中に、死んだことにしようと決めました。

くしくも季節は今と同じ、冬。それも同じように雪深い中、雪に慣れた暗殺者が追ってきます。しかし「ナナシ」には大きな武器がありました。それは「雪滑り」という技を使えることで、それを知っている者は、ほぼいないといっても良かったのです。「雪滑り」とは、板を使って崖を滑り降りて行くことができる技ですが、その雪滑りは命がけであり、成功する確立はかなり低く「ナナシ」もそれまでに、ほんの数回しか使ったことのない技でした』

「ほぉー」

 鉄火が感心したように首を縦に何度も振った。

『「ナナシ」は崖に追いつめられたふりをしながら、わずかにでも傾斜が緩い地点を探し、崖に向かって飛び降りながら、おっと説明が足りませんでした。背負っていた板を両手で押さえ、その上に足を空中でのせるのです。板には足を引っ掛ける為の皮製の足掛けが付いていて、ただ板に足を乗せるだけではなく、足掛けに足を引っ掛けなくてはなりません』

「まるで、大道芸人だな」

 浮雲は今までに見たことのある、芸人たちの技を思い浮かべてみていた。

『後はそのまま、手は離し、板に乗ったまま滑り降りて…いや、落ちていくと言っても過言ではないでしょう。そうして、追っ手には死んだと思わせて、見事生き延びた「ナナシ」は名を変え、小悪党として自分の生きる分だけを稼ぎながら、目立たぬように生活し、二人の王子の様子を時折見ることを肴(さかな)にしながら、今日も酒を旨く飲んでいることでしょう…わたくしの話は、これにて終い(しまい)でございます』

「おー」

 たった二人ではあったが、歓声があがり、浮雲と鉄火は手が痛くなるほど拍手をした。

「いや、かなり面白い話でしたよ」

 鉄火が珍しく高揚した様子を見せた。

「確かに、今日の宴席では話せませんけどね」

 浮雲が苦笑いを浮かべた。

「いやいや、お二人に楽しんでいただけたのならば、それだけで嬉しいです。どうか、お二人にはこの話、よければ長き間、覚えておいていただけたれば、ありがたい」

 流は本当に照れているのか、ぶっきらぼうに言った。

 流の『紡ぎ話』も終わり、さて後はいつお呼びがかかるのかと様子を伺おうとすると、衛兵がちょうど良く部屋の戸を叩いたのであった…

皆様、今回の流の『紡ぎ話』はいかがでございましたでしょうか?

次回は、5月4日日曜日15時の掲載を予定しております。

「宴の後…」(仮)今回の話の続きになっております。

ご覧いただけましたら嬉しいです。ではまた。

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