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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
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追いつめられた月影

玉雨王子と紅姫の婚儀は滞りなく進み、初めての夜を迎えることになった。

日陰のことを想う紅姫。紅姫を想う月影。しかし時はとどまることなく進み、

御寝所の扉は開かれたのであった…


 玉雨王子と紅姫の御寝所に駆けていった月影を追っていた白蓮と金剛は、玉雨王子の怒気をあらわにした大声を聞いた。

 顔を見合わせる二人。金剛は白蓮の手を取り、転ばぬように、そしてなるべく早く御寝所にたどり着けるよう足を運んだ。

 だが二人が御寝所の前にたどり着いた時には、すでに衛兵が矛先を月影に向けていた。

(はぁはぁ、もう、どうにもならんか…)

 白蓮は悔しさで頭を抱えた。

 開いた扉の前に、棒立ちになっている月影に、玉雨が言った。

「今、自分の部屋におとなしく戻るならば、これ以上は事を荒立てぬ。さて、どうする?」

 月影は一息吐くと、ゆっくりと話し出した。

「…今はまだ仮の婚儀でございます。御寝所まで一緒にするのは、早いのでは…」

「ははは。馬鹿かおぬしは。仮の婚儀と言っても、それは国事上であり、事実上はもう夫婦(めおと)なのじゃ」

 桂がすっと月影に近づき、小声で囁いた。

「月影様、紅姫様がどれだけの勇気を持って、この扉を開かせたことか…どうか、お察し下され。そのお心を無駄にしないで下さい。どうかお願い致します」

 すがるように桂は跪き(ひざまず)月影を見たが、月影には紅姫しか見えていなかった。

 窓の無い御寝所の四隅には、行灯(あんどん)に火が焚かれており、やわらかな明かりに浮かび上がった紅姫は蜻蛉(かげろう)のように儚く(はかな)美しく月影には思えた。だが、その顔にはあきらかに困惑が広がっており、この事態をどう治めたらいいのか、考えを廻らしているようにも見えた。

 政務官は基本、武器は所持しない。

 しかし月影は、元武官だった頃の習慣だろうか、その懐には常に短剣を隠し持っていた。

 短剣といっても、あの世に人を送るだけの能力は十分にある。

 月影の短剣を使う腕ならば、その一刺しで心臓まで剣先は到達することだろう。

 月影は紅姫を見た。

(あの華奢な体に、この剣は簡単に入ってゆくことだろう…そうしたら今度は自分の胸を…)

 大広間で開かれている宴会から、衛兵を引き連れた武官たちが、ここへたどり着くその前に…月影は懐に手をいれた。

「待った、待った」

 侍女の一人が、一団の後ろから走り出てきた。

「ひ…!?」

 紅姫は、なにかを言おうとしていたが言葉をのんだ。

「この書状をご覧になって下さい」

 飛び出してきた侍女は、小柄だが力強い面(おもて)で、書状を月影に手渡した。

 すばやく書状に目を通した月影は笑みを浮かべ、玉雨王子を見据えた。

「そちらこそ我が姫を愚弄(ぐろう)にするにも程がある!覚悟は出来ているだろうな!!」

 玉雨王子の顔からは、先程までの余裕は消え、険が浮んだ。

「お前が玉雨王子ではなく、玉雨王子の乳兄弟であり側近であった、玉蘭(ぎょくらん)であることの調べがついたのだ!!さぁどう言い逃れる!玉雨王子、いや玉蘭!!」

「なんと!」

 その場にいた全員が凍りついたように動けなくなった。いつの間にか広間からたどり着いた武官、衛兵、政務官たちもいた。白蓮や金剛も、ただ目を見張るばかりだった。

「なにを証拠に?」

 月影から玉蘭と呼ばれた男は、顔色一つ変えることなく月影を見返した。

「手形だ」

 書状に挟まれていた手形書を、月影は力一杯広げた。

 墨で黒々と残されている手形。横には手形の主である男性の名『玉蘭』と書かれており、その下には数名のものと思われる署名が記され、拇印がつけられていた。

「…」

 玉蘭と呼ばれた男の目が、鋭くなっていくさまを紅姫は間近で見て、少しずつ玉雨から離れていった。

「手形?ふーん」

「そう、これは本物の玉雨王子様の乳兄弟である玉蘭という男が、成人の儀式の際にとった手形だ。『水ノ国』では男は十と四歳で成人し、一人の男と認められた証として手形を取る習慣があるのだな。良い習慣だ」

「……」

「お前の手形と、この手形、一緒の形じゃないのかな?十と四歳の頃のものだからな、手の大きさは変わったか。しかし指の紋は変わらない」

 玉雨王子と呼ばれていた男は唇を噛み締めた。

「認めろ!玉蘭!」

 ざわめきが御寝所に満ちる。

 衛兵たちの矛先は、すでに月影から玉雨王子に向けられていた。

「玉蘭…今なら、まだお前の命を助けることはできるぞ…もちろん我が国に協力してもらうことが条件になるがな」

 形勢はすっかり逆転していた。

 玉雨王子からは離れていっていた紅姫だったが、玉雨の素早い動きに、あっという間に首を玉雨の腕にとられた。

「自分が玉蘭だと認めた行動だと思っていいな?」

 衛兵の一人から剣を受けとる月影。

 背後からも武官たちの剣を鞘から抜く音が聞こえてくる。

(窓の無いこの部屋から、どう逃げるつもりなのか…いくら紅姫様を人質に取ったとしても、そう簡単に、いや、突破は不可能であろうに)

「もう罪を重ねるな玉蘭」

 紅姫を盾にした玉雨…いや、玉蘭と呼ぼう。玉蘭はゆっくりと扉に近づいていこうとしている。じりじりと寝床から離れていく途中、紅姫は足がもつれ床に倒れ込んだ。

 と、思いきや。

 何時(なんどき)でも武器を隠しているのは紅姫も同じであり、倒れ込んだ体勢を上手く使い、寝床の下に置いておいた短剣をつかみ、玉蘭の首に向けた。

 切っ先を向けられた玉蘭は反射的に紅姫から離れ、破れかぶれなのか、扉に向かって突進してきた。

「今だ!」

 月影が剣を振り上げた瞬間。

 何かが月影の頬の横、空気を切り裂いた。

「うっ」

 うめき声を上げ、のどを押さえ倒れ込む玉蘭。

「何事だ!!」

 剣こそは振り上げたが、月影には玉蘭を殺す気はなかった。大事な生き証人なのだ。

 毒矢なのだろうか、玉蘭の顔がみるみる土気色に変わっていく。

 侍女の悲鳴が上がり、逃げ出す侍女に矛をどこへ向けていいのかわからないままの衛兵。人が交錯(こうさく)するなか、一団の背後で何事もなかったかのように立っていたのは…流だった。

「おぬし!!」

 白蓮が叫ぶと、流は微笑み、白蓮に一礼をし廊下を駆けていった。

「絶対に逃がすな!!」

 武官と衛兵たちが流を追った。月影も流を追って駆け出した。


 御寝所には、紅姫、桂、逃げそびれた数人の侍女、白蓮、金剛。そして白蓮付きの数名の衛兵だけが残っていた。

 そして今は魂の無くなった『玉雨王子』と呼ばれていた、おそらく玉蘭という男。

 紅姫は玉蘭に近づこうとした。

「姫様!あぶのうございます!何がおこるかまだわかりません」

「そうじゃな、本当に死んでいるか確認しなさい」

 白蓮が衛兵の一人に、玉蘭の脈を確認させた。

 衛兵は静かに首を横に振った。

 そこまで確認し、やっと一同ほっとした。

「そうか…顔に何か覆って(おおって)やれ」

 紅姫がそう言うと、金剛がまるで用意をしていたかのように、懐(ふところ)から白い布切れを出し、玉蘭の顔にかけた。

 御寝所と呼ばれていた場所は静かだった。

皆様、ご機嫌いかかがでしょうか?

この度も読んでいただきありがとうございます。

さて、流はどうなるのか? 起死回生した月影を待っている真実は!

次回「月影と『財ノ国』」(仮)を楽しみにしていただけましたら、

この上なく嬉しゅうございます。

わたくし事ながら花見をしてきました。(本当にただ見るだけなのですが 笑)

桜はやはり良いです。ではまた。


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