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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
26/63

初めて夜、そして狂乱

玉雨王子と紅姫の婚儀の為に『水ノ国』から王と王子の一行は『木ノ国』を訪れた。

初めて紅姫から不安を打ち明けられ、強く喜びを感じた月影であったが、

婚儀は厳か(おごそか)に進んでいったのであった。


 翌日には、康玉雨(こうぎょくう)王子を残し『水ノ国』の一行(いっこう)は、ほんのわずかな従者を残し自分たちの国へと帰っていった。

 ずいぶんと早い帰郷に、黄玉帝はなにか粗相があったのではと気を揉んでいたが、康徳雨王(こうとくう)の后である水仙のことが気がかりであるという話を聞き、それではと黄玉帝は引き止めることはできず、見送ることになったのであった。

 両国の王家、皇族全員が揃っての大規模な婚儀の式典は、改めて春になってから執り行うことになっていたのも、強く引き止めなかった理由の一つでもあった。

 昨夜の祝宴の中で取り交わした、杯(さかずき)は国事上では仮の婚儀の契約となっていた。

 徳雨王を見送った後は、仮の婚儀の為、まずは赤宮だけにて、昨夜祝宴に参加出来なかった紅姫の配下にある政務官たちへ、玉雨王子からの顔合わせ、挨拶の式が執り行われることになっていた。

 赤宮に入り、その違和感に月影は眉間にしわを寄せた。

 皇女座の隣には、玉雨王子の為の座が設けられており、玉雨王子がすでに居心地が悪そうに座っている。皇座から見下ろす位置には、紅姫の配下にある政務官たちがすでに並んでおり、入室した月影が跪く(ひざまずく)と、皆が揃って跪いた。

 その様子を確認すると、紅姫は音もなく立ち上がり、透きとおった声で話し始めた。

「皆、知ってはいるとは思うが、これからは玉雨王子と共に政権にあたり、黄玉帝を補佐してゆきたいと考えている。皆の協力なくては、これからの政務は難しい。今まで以上に気を引き締め、政務にあたって欲しい。そなたたちこそが国の要(かなめ)である。よろしく頼む」

 一同は紅姫の熱意がこもった言葉に、さらに頭を下げた。

「では、玉雨王子からも一言お願いしたい」

 紅姫が玉雨を見ると、玉雨は、ふぅとため息をつき立ち上がり、紅姫とは対照的で、猫背に曖昧な笑みを浮かべたまま、ぼそぼそと話しだした。

「玉雨だ。そういうことだ。よろしく頼む」

 たったそれだけを言うと、ストンと座に腰を下ろした。

「では顔合わせ、挨拶の式は終了する。皆、各々の政務へ戻ってくれ」

 政務官たちは、月影の式終了を告げる言葉を合図に、ぞろぞろと赤宮から政務室へと出て行った。皇座室には紅姫、月影、玉雨の三人だけが残った。

 座から降り、皇座室の一角にもうけられている、政務を行う長方形の机の椅子に腰かけた玉雨は消え入りそうな声で、二人にたずねた。

「さて、私はどうしましょうか…」

 玉雨王子の覇気の無さに苛立ちながらも月影が答えた。

「まず、これを読んでいただきます」

 ドンっと『木ノ国』の歴史書を、山のように玉雨の前に積んだのであった。


 玉雨王子は寝ているのか起きているのか、時々、紙をめくる音をさせながら一応は歴史書に目を通しているようだった。

 紅姫は今後の田上のことを月影と検討したり、領地管理官から上がってきた書に目を通していた。そうしているうちに、あっという間に、昼の飯の時間になった。

 玉雨と紅姫は赤宮の食事をとる為の一室へ、月影は政務室へとわかれた。

 いつもは一人で食事をとる紅姫だったが、今日はもちろん玉雨も一緒だ。

「二人で食べるのもなかなか悪くない」

 紅姫が確かにそう言ったのを、桂は聞いた。

「それは、そうでしょう」

 先程から玉雨は、紅姫が嫌がるような話題はふらず、かといって無言でもなく、好い加減に話をしていたので、先の紅姫の発言も頷ける。

「皆、紅皇女(こうおうじょ)のことを紅姫様(べにひめさま)と呼ぶのですね」

「あぁ。そうですね。正式に紅(こう)と呼ぶのは黄玉帝だけです」

「私も、紅(こう)と呼んでもいいかな?」

「それは別にかまいませぬが」

「では、そうしよう」

 二人は食後の菓子を食べ始めた。煮豆を砂糖で練った菓子で、この国ではめでたい色である薄い黄色の色がついているのは、料理番が夫婦(めおと)になった二人へのちょっとした配慮だろう。

「そうだ紅」

「なにか?」

「紅の母君について、あまり聞いたことがないのだが…お亡くなりになっているのだよね。やはり白梅輝妃様(はくばいきひさま)同様、病によってだったのかな?」

 しばしの沈黙があった。

「紅?」

「…そのことは、あまり思い出したくないので…。昨日黄玉帝が言った通りでございます」

「ふーん。…先立たれた…そういうことか」

 紅姫は玉雨王子には答えず「馳走(ちそう)になった」と席を立って、部屋から出て行った。

「あまり聞いてはいけないことだったかな?」

 姫の後を追おうとしていた桂を引き止めて、玉雨が聞いた。

「私が宮に上がった時には、もう紅梅輝妃様(こうばいきひさま)は…紅姫様の母君ですが、宮中に姿はございませんでした。確かにあまり触れて欲しくない話題であることに間違いはないと思います」

 桂はそう玉雨に答えると紅姫の後を追った。

 一人部屋に残された玉雨は、大あくびをすると、「さて、また歴史書でも読みますかな」と立ち上がり、侍女と共に皇座室の一角へと足を向けたのであった。


「『水ノ国』の者に我が国の歴史を学ばせて、なんの意味があるのか、私にはあまり理解できませんね。それにあの挨拶の力無いこと。こちらまでやる気が失せるというものです」

 政務室では、樹桂を相手に月影が愚痴をこぼしていた。

「『水ノ国』との友好を保つ為にも、まず、こちらの歴史を知っていただく、それは信頼のあかしにもなるだろうというのが、黄玉帝様のお考えだ」

 もちろん歴史の暗部については伏せてある歴史書のほうを見せているのだが。

 玉雨王子の挨拶については、樹桂も同じ意見ではあったが、そこはふれないでおいた。

 少し考えたように頭を傾げた(かしげた)月影が、清流を呼んだ。

「はい、なんでございましょうか?」

「昼飯の後からは、おまえが玉雨殿に付いてやれ」

「わっ、私(わたくし)がですか!?」

「月影、いくらなんでも、まだ清流は見習いの身だぞ」

「補助官とはいえ政務官の中では、玉雨殿と一番年齢が近い。他はじじいばかりだからな」

「こら月影。言葉が過ぎるぞ」

「まぁまぁ、私も含めてですから。ちょうど、玉雨殿は二十と一歳。清流も同じくらいだろ」

「そうですが…」

「慣れない土地で神経がお疲れの中、仏頂面の私より清流が相手のほうが、玉雨殿の緊張も少しはほぐれるでしょう」

「うむむ。それは…そうだな。うん」

 謙遜(けんそん)のつもりが受け入れられ、むっとした月影だったが、樹桂は気に留める様子もなく、清流は慌てて、歴史書の準備をしていたのだった。

(これで蛇野郎の顔を見ないですむ)

 月影はもう明日の朝まで、玉雨とも紅姫とも顔を合わせるつもりはなかったのであった。

 そして、それぞれが、それぞれの思いを抱きながら、夜は更けて(ふけて)いったのである。


「桂、それは…ちと、苦しい…」

「すみません」

 桂が慌てて、紅姫の腰帯を緩めた。

「それにしても、おめずらしかったですね。黄玉帝様が紅姫様をたずねて赤宮にいらっしゃるとは」

「そうじゃのう…」

「それだけ、今宵は特別ということでございますよ、姫様」

「わかっておる」

「これで、良し」

 満足気に紅姫を眺める桂。

 いつもの夜着とは違い、より透明感がある布地に、うっすらと羽を広げた鳥の模様が透けて見え、さらにその下に柔らかく見える紅姫の体は美しかった。

「肌寒いのう…この季節では」

「すみませぬ!もっと火を焚きなさい!」

「これ桂。冗談じゃ。あまりにも着物にしてはひらひらしているから、言ってみただけじゃ」

「そうで、…ございますか」

 笑いながら、めずらしい…と桂は思った。余程緊張なされているのかもしれない…

(しかし…それもそうだろう…)

 桂でさえ、嬉しいような、寂しいような、不安な気持ちを隠すように、今日一日はとにかく動き回っていたのだから。


 一方、月影は白蓮のもとにいた。

 他の政務官たちは、黄行帝を中心に宴を開き飲んでいるようだったが、どうしても月影にはその気になれず、体調不良を理由に席を立ち、自分の部屋に戻るさいに通りかかった、明かりの点いていた白蓮の部屋の戸を叩いたのであった。

「ほう、これはめずらしいお客様だ」

 白蓮は心底驚いた顔で、しかし、丁寧に月影を自室へ招き入れた。

「…すみませぬ」

 白蓮は月影の為に茶を入れた。

「今日の宴には、白蓮殿は出席されないのですか?」

「わしは歳だからのう。夜の宴はつらくてなぁ。候補者たちにまかせてみることにした。三人もおれば大丈夫であろう。この間の流の一件があるから、もちろん見張り付きだが」

 月影はうなずいた。

 それから、二人で、駒で陣を取り合う遊びをしたりしながら、時間をつぶしていたのであった。

 なるべく紅姫のことを考えないようにしていた月影だったが、考えないようにしようとすること事態が、常に姫様を思い浮かべる結果となり、次第に腰が落ち着かなくなっていったのであった。


 しずしずと紅姫一行(いっこう)が、桂の翳す(かざす)行灯〔あんどん〕の明かりを頼りに廊下を進む。

 今日は特別にしつらえられた寝所へ向かっていた。これからは、その部屋が二人の寝所となり、理由なき場合は常にその寝所にて玉雨と床を一緒にすることになる。

 寝所では、もう玉雨が紅姫を待っていることだろう。

「姫様?」

 足を止めた紅姫に、桂が心配そうに声をかけた。

「…いや、なんでもない」

 その時、紅姫の脳裏に浮んでいたのは日陰だった。

(日陰は…これからも変わらずに私の側にいてくれるのだろうか…)


「駄目だ!あのような男に紅姫様が嫁がなくてはならいとは…私は我慢なりませぬ!」

 月影が立ち上がった勢いで、がちゃがちゃと駒が床に落ち、杯からは茶がこぼれた。

「白蓮殿は平気なのですか!!」

 突然大声を上げながら立ち上がった月影に、白蓮は呆気(あっけ)にとられた。

「……平気ではない。だが、月影。それも紅姫様の…そうだな、政務の一つと言ってもいい。それがわからぬ、そちではないだろうに」

 白蓮はゆっくりと諭すように月影に言葉をかけた。

「白蓮殿がそんなことを申されるとは。あのような男の下では、姫様の真価が発揮できませぬ」

 雑巾で床を拭きながらため息をつく白蓮。

「違うであろう。自分の心をごまかそうとするから、真実から離れていくのじゃ」

「意味がわかりませぬ」

「政務に支障はなかろう…そんなことは、政(まつりごと)に関与しておらぬ私にでもわかる。そなたは、つまるところ姫様を慕っているのだなぁ」

「は?」

「姫様に懸想(けそう)しておる」

「ははは。これは驚いた。白蓮殿。そんな罰当たりな想いなど抱えておりませぬ」

「なぁに、わしはもう宮廷から去る人間だ。そんな私に正直になってなにが悪い。おぬしは姫様に従者以上の感情を抱いてしまった」

「…白蓮殿…」

「おぬしは一番姫様に近いところにおるではないか。それなのになにが不満だ。どこまでもついていけばよい。ただ…男としては苦しいかのう」

「やめろ!!」月影は耳をふさいで叫んだ。

「月影!!」

 白蓮の鋭い声に、いや、声色にというよりも、突きつけられた真実に月影の肩が震えた。

「さあ、もう、寝てしまいなさい」

 白蓮は駄々をこねる子供をあやす様に、そっと月影の背に手を置いた。

「…なんと言われようとも、やはり、私には我慢なりませぬ!!」

 その手を振り払い、

「こっ、こら月影!?」

 月影は白蓮の静止を振り切り部屋を飛び出した。

「…あの馬鹿は…」


 月影は紅姫がいる寝所へと走った。しかし…

(なんの策もない)

(私はただただ、自分の想いだけで走っている)

(あんな男が、姫様にふれると思うだけで我慢できん)

 ふと、月影は笑みをこぼした。それは己に対してなのか、姫様に懸想していると言った白蓮の言葉に対してなのか。

(日陰は)月影の脳裏に日陰のことが浮んだ。

(あやつは今一体なにを考え、なにをしているのだろうか…)


「ええぃどうしたら良いものか…」

(桂に月影の様子を時折見てくれるように頼まれたものの、まさか、あんなに理性を失う行動に出るとは)

 あの場に居たのは白蓮の知っている月影ではなかった。常に冷静沈着で、毒舌。己を見失わない男だと白蓮は思っていたのが…

(いくら姫様に懸想しておったとしても、いい歳の男だ。恋とはこのように激しく、人を狂わせるものなのか…いや、今はそんなことに感心している場合ではない)

 白蓮の隣室で待機していた従者たちは、事の成り行きが理解出来ずに、白蓮からの指示を待っていた。

(口の堅い、我らを裏切ることの無い者…)

 そこで、はたと白蓮は金剛のことを思い出した。

「金剛を連れてこい!」


(良かった。なんの問題も無く御寝所までたどりついた…)

 今宵、白蓮に部屋に残ってもらい、何気に月影の動向を探って欲しいと頼んだ桂は胸をなで下ろした。それから大きく深呼吸し、背後にいる紅姫に向き直った。

「姫様、大丈夫ございます。なんの心配もございません、心落ち着けて…」

 桂はハッとした。心細さ気ではあったが紅姫は笑っていた。だが、その指先が震えていることが見て取れた。

(姫様…)

 しかし、紅姫は、はっきりと力強く言った。

「戸を開いておくれ」

 そして、今宵の為に特別にしつらえられた、寝所の扉は開かれた…


「お戻り下さい!」

「いいからどけ!」

 寝所近くの廊下では、金剛と月影がもみ合っていた。

「お前ごときが、私の邪魔をしていいと思っているのか!いいからどくのだ!!」

「わたくしは白蓮様の命にて、ここにおります。わかりませぬか?事を荒立てないように、兵を使わずに、私(わたくし)に止めさせている白蓮様のお心が!」

「知るかーーーーー!!!」

 金剛の鳩尾(みぞおち)に拳を叩き込み、一瞬の間が出来ると月影は再び走り出した。


 寝床に腰をかけていた玉雨は目を見張った。

(…ほう、これは。美しい姫だとは思っていたが、今宵はいっそうの美しさだ)

 玉雨は舌なめずりをしそうになるのを我慢し、鷹揚(おうよう)に微笑んでみせた。

 そろそろと寝床に歩み、玉雨と向かい合った紅姫は跪いた。(ひざまずいた)

「そんなにかしこまることはない。夫婦になるのじゃ」

「はい」

 背後では、ゆっくりと扉が閉められていったのだった。


「月影様!?」

 その時の桂を含め、侍女たち、白蓮の従者の慌てぶりはなかった。

 月影はずかずかと二人が入った寝所へ足早に向かっていくのであるのだから。

 なんとか月影を止めようと、何人もの侍女と従者たちが月影の前に立ちはだかったが、月影はものともせずに突き進んでいった。

 ついに寝所の扉の前にたどり着いた月影。

 しかし扉の前では桂が大の字になり、月影の行く手を阻んで(はばんで)いた。

「どういうおつもりですか!月影様」

 しかし桂には予感があった。やはりこうなったか…

「紅姫様に急用だ」

「黄玉帝様にご相談下さい」

「紅姫様ではなくてはならぬ」

「では明日にして下さいませ。今宵がどれほど大切な意味を持つかは、ご存知でございましょう!」

「今ではなくてはならんのだ!」

 桂を力まかせに扉から引き離し、壊れるほどの勢いで扉を開いた。

 玉雨は紅姫の肩に手をかけ、その淡雪のような頬に手をあてていた。

「無粋よのう…何用だ」

 玉雨が月影に問いかけた。紅姫の顔には困惑が広がっている。

「姫様に急用でございます」

「馬鹿にするなぁぁ!」

 玉雨の一喝が響き渡った。

またまた、二日連続で長編になってしまいました。

楽しんでいただけているのなら、良いのですが…

さぁさぁこの先はどうなるのでございましょうか。

ぜひとも次回「追いつめられた月影」(仮)

来週の金曜日4月25日の15時をお待ち下され。

ではまた。


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