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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
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『水ノ国』の王子、来訪

紅姫の婚儀が決まり、宮中には明るい雰囲気が漂うなか、白姫、月影

そしてなぜが桂までもが、浮かぬ様子を見せていたのであった。

しかし婚儀の日は近づいてきており、とうとう…


 その日の月影は朝から機嫌が悪く、清流は何度も声をかけるのをやめてしまった。

 そして夕刻、数台の馬車に揺られて『水ノ国』の康徳雨王(こうとくうおう)、康玉雨王子(こうぎょくうおうじ)一行(いっこう)が、一ノ門に到着した報告が入ると、政務室から皆が出迎えに向かったのに引き換え、いつまでも月影は自分の机から腰を上げなかった。

 さすがにこれは良くないと思い清流が声をかけると。

 小さく頷き、清流の後について、とぼとぼと歩を進めるので、振り返り振り返り、月影が本当についてきているのかを確認しながら歩かなくてはならなくなった清流は、えらく難儀したのだった。

 

「月影なにをしておった」

 小声で樹桂に叱られたが月影は意に介する様子もなく、すでに三ノ門から宮殿の扉へと向かって来ている『水ノ国』の一行(いっこう)を見やると、扉の前に出迎えに並んだ『木ノ国』一同の紅姫の背後についた。

「…来ぬのかと思ったぞ。どうした、体の調子でも悪いか?」

 後ろこそは振り返ることは出来なかったが、紅姫は正面を見据えたまま、月影に声をかけた。

 鉛色の空からは雪がちらちらと舞い降りている。

 紅姫の吐く息も白い。皆、厚い外羽織を着用していた。

 石造りの道からは高い位置にある宮殿の扉の前には、前列の中央に黄玉帝、大臣、副大臣、その背後、左側には紅姫、右側には白姫が各政務官を引き連れ並び、さらにその背後には宮中で働く侍女たちも並んでいた。まさに一同揃っての出迎えだった。

「…ご心配をおかけいたしまして申し訳ございません。大事ございません」

「なら良い。他の者もいるが、そなたがおらぬとやはり不安だ」

「…!!」

 月影は紅姫が初めて自分に対して不安を口にしたことに驚き、共に強く喜びを感じた。

 呆けて(ほうけて)近づいて来た一行(いっこう)に、お辞儀をすることを忘れてしまっていた月影の足を、樹桂がおもいっきり踏んだ。我に返った月影は、やっと自分がどこに立っているのか、はっきりと気がついたのだった。


 『水ノ国』の一行(いっこう)は、一ノ門が開かれ門の中に入ると、沿道に詰めかけた『木ノ国』の下働きの者たちの為に、馬車の幌(ほろ)をたたんだ。衛兵たちの宿舎や数こそは少なかったが物売りの店や、飯屋に飲み屋が立ち並ぶ石の道を進んだ。

 次は二ノ門が開かれ、政務官たちの宿舎に挟まれた道を進んだ。そして三ノ門が開かれ、やっと宮殿の扉が見えてきたのであった。

 豪奢(ごうしゃ)な一台の馬車からは、まず、でっぷりと太った、金銀で着飾った口髭(くちひげ)と顎鬚〔あごひげ〕の生えたガマ蛙のような風貌の、精力みなぎった大男が降りてきた。彼こそが康徳雨王(こうとくうおう)であった。着衣していた衣装が常磐色(ときわいろ)なのが、いっそう蛙の感を強めていた。

 次に降りてきたのは、ひょろひょろとした頼りなさ気な男であった。康玉雨王子(こうぎょくうおうじ)は刺繍で彩られた鶸色(ひわいろ)の長衣が重そうに見えるくらいだ。しかし、顔つき、特に目つきには嫌な鋭さがあり、狡猾(こうかつ)そうな雰囲気を発していた。


「以外と人が出ているね」

 不意に声をかけられた金剛が背後を振り返ると、日陰が立っていた。

 一ノ門が開かれた直後のことだった。

「あっああ、こんな輿入れは珍しいからな…それに、暇がある者は一ノ門から二ノ門の間に集まるように布令(ふれ)が出たからな」

「なるほど。あれが玉雨王子か…うーん」

「どうかしたのか?」

「いや、ずいぶん前にだが、以前見かけた時と面変わりしたなと思ってな…」

 豪奢な馬車が二人の前をゆっくりと通り過ぎて行く。

 幌をたたんだ馬車からは、徳雨も玉雨も良く見ることができ、王と王子は愛想良く沿道に向かって手を振ってみたりしている。

「『水ノ国』の王子を見たことがあるのかい?」

「遠目にだけどね…」

「お前さんは一体何者なんだい?」

「おっと、これは失礼した。私は日陰と申す。薬売りをおもな生業(なりわい)としており、各国へ出かけているので、色々と見聞きしている訳で」

「私の名は金剛と申す。おもに庭師をしておる」

 金剛の挨拶に日陰はにっこりと微笑んだ。

「おー寒い寒い、俺は一足先に宿舎へ戻るかな」

 背を丸めて、いかにも寒そうにおどける日陰が、その様子を笑う金剛に言った。

「今度、一緒に飯でもどうかな?」

「わしとか!?」

「あぁもちろん。他に誰と話しているんだい?」

 笑う日陰に、金剛の表情は曇った。

「しかし…わしと一緒では…」

 ポンと金剛の肩を叩くと「俺は金剛さんと一緒に食いたいの」と言い、ひらりと身をひるがえすと人込みの中に日陰は掻き消えていったのであった。

「本当におかしな奴だ」

 金剛はいつの間にか微笑んでいた。


「国をあげてのお出迎え、心より感謝いたす」

 徳雨王、玉雨王子は従者と共に深く頭を下げた。

 『水ノ国』とは隣国のせいもあってか、文化も似ていて、着ている物はほぼ同じ形をしていた。違いといえば少々変わった形の帽子…半円形の帽子の頂点に、房飾りが付いた帽子を全員が被っていることぐらいだろうか。

「こちらこそ遠路遥々おこしいただきまして、感謝の言葉もございません」

 黄玉帝一団も揃って頭を下げた。

「この度の婚儀、我妻、水仙(すいせん)が体の大事により同席出来なかったこと心よりお詫びいたす」

「いやいや、ご病気だとか。ご病状のほうは?」

「お蔭様で回復には向かっております」

「それは良かった。私(わたくし)は妃〔きさき〕に先立たれておりますし、こたびは自分が倒れたことで、体の大事さというものが骨身にしみました。さっ、皆様中へどうぞ」

「ありがとう」


 大広間にしつらえられた迎賓席(げいひんせき)は、扉から見て左側に。右側には『木ノ国』の人間が座るように配置されていた。普段は正面中央に両国の王と皇が座るのだが、いつもと違うのは中央に座っているのが、玉雨と紅姫だということだ。紅姫の隣に黄玉帝、その隣には白姫が座っていた。

 そして両側には各国の代表者が席を並べていた。月影、紫雲の顔も見える。

 大広間の正面には互いの国の国旗が掲げられていた。

 中央には物を置かず、接待の為の侍女が待機し、扉近くには、桃歌とその一団『楽流』が座っていた。

 これは『水ノ国』のやり方で、『木ノ国』では互いの国の人間が交互に席を並べる配置なるのだが、いくら玉雨が『木ノ国』に居を移すとはいえ、本来ならば輿入れなので『水ノ国』のやり方でもてなすことにしたらしい。

(しかし紅姫様の、なんと美しいことか…)

 月影は紅姫のあまりの美しさに目が離せなかった。いつもの赤地の衣装ではなく、白地にたくさんの花々が、彩り美しく刺繍されている婚礼衣装に身を包んだ紅姫は、まるで天女のようだった。

 ひきかえ今日の白姫は橙色のごく普通の式典用の衣装で、鬱金色(うこんいろ)の衣装の黄玉帝と共に控えめな衣装であった。祝宴に呼ばれた政務官たちは式典用の、いつもよりは華やかな明るい緑色の衣装を身にまとっていた。

 『水ノ国』の政務官たちもやわらかい水色の衣装で、会場全体が華やかな雰囲気であったが、紅姫の衣装、そして本人の美しさは光輝かんばかりで、月影であらずとも目を奪われた。


「雪深く、あまり地の良い食材が集められなくて申し訳ないのですが、海の物はなかなか良い物を集めることができたので、どうぞご堪能下され」

 黄玉帝が迎賓席に着席している王と王子、『水ノ国』の皆へ料理を勧めた。

 すると徳雨王の側が、宴席中央に酒樽を用意し、二人の王と皇は接待の為の侍女が手渡した酒の入った杯を握り、一同が席から立ち上がった。

 徳雨王が高々と杯をかかげた。

「では、両国の末永い繁栄と交流、そして我王子玉雨と『木ノ国』皇女、こう様との婚儀を、この祝宴をもって執り行う。異議無き者は杯を手に」

 酒がつがれた杯を持つ音が、カチャカチャと響きわたる。

 月影は、しばらくの間杯を見つめていたが、そっと手に取った。

「では皆様、花婿と花嫁、それから両国の未来に乾杯!」

「乾杯!!」

 大きな乾杯の声が美しく飾られた大広間に満ちあふれると、香の音と『楽流』たちが奏でる楽器が鳴り出し、その劇的さに大きな拍手と歓声があがった。


 器のあたる音、人の話し声、笑い声、食事を邪魔しない静かな香の音。

 婚儀の祝宴は淡々と進んでいった。

 第一政務官である月影は、中央の席、すなわち玉雨王子と紅姫が座っている場所に近かったので、二人の様子はよく見えたが、二人はあまり話すこともなく、ただ、黙々と料理を食べ、どちらも早くこの時が過ぎるのを待っているように見えた。

 今日の黄玉帝は徳雨王と話すことに忙しく、白姫にかまう余裕はないらしく、白姫の反対隣になる横の席には大臣の海松が座っており、海松は馬のように飯を食べていて、とても白姫と話すといった雰囲気ではなく、白姫が飽き飽きしているのが手に取るようにわかった。

「月影食わんのか?」

 隣に座っていた樹桂が月影に問いかけた。

「はぁあまり食欲が…」

「そんなことでは、明日から体がもたんぞ。玉雨王子には色々とこの国のことも知っていただかなくてはならないし。そなたらしくないぞ」

 と、月影の背中をバンっと叩いた。樹桂はその中肉中背の体からは想像もつかないような力強さで、月影は前のめりになった。余程この婚儀が嬉しいとみえる。

「…そうですね…あの…樹桂殿、言いにくいのですが…」

「どうした?」

「髭、口髭に泡が…」

 ガハガハと樹桂は笑うと、袖口で口元を拭ったのだった。

 その樹桂の豪快な様子に、月影はやっと微笑んだ。

「しかし宴席なのに自分の席から立って酌に行ってはいけないとは…『水ノ国』には変わった決まりがあることよのう。いつも、つい忘れて知人のところへ行きそうになるわい」

「樹桂殿は顔が広いですから」

「そうか?本当は月影にもこのような機会にぜひ、他国の方々と交流を持ってもらいたいのだがなぁ」

(そうだ、私は政務官なのだ)

 月影は気を引き締めたが、それでも花婿と花嫁の二人を気にしながら、やっと魚料理に箸をつけたのであった。


 食後の宴会は、祝宴とはまた別に、両国の王家皇族以外の者たち以外で、くつろいで飲めるように用意されていた。

(王家、皇族たちは別室で飲んでいることだろう。あまり酒をたしなまない紅姫は、おそらく恐ろしく仏頂面の白姫と、何を考えながら玉雨王子の隣に座っているのだろうか…)月影は酒のつがれた杯の中に、婚礼衣装姿の紅姫を思い浮かべていた。

 それから月影はたくさんの『水ノ国』の方々と顔を合わせ、酒を飲み交わしたが、宴会が終わった今、何人のことを覚えているかと聞かれると、ほとんどが思い出せず、まるで霧の中にいるような気がした。

 ただ今晩は、玉雨王子が客間に就寝するということを聞き、なぜか、自分もよく眠れるような気がしたのであった。

 しかし明日は…

今回は長い話になってしまいました。最後までお付き合いいただきまして、

誠にありがとうございます。

次回は明日、4月19日土曜日15時に「初めての夜、そして狂乱」(仮)を

掲載予定です。お楽しみに!

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