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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
24/63

紅姫の婚儀

白宮で、白姫の希望により『紡ぎ話』を披露することになった浮雲。

話し終え、浮雲が喝采をうけるなか、白姫に会いにきた黄玉帝に

異変が起こったのだった…


「紅姫様に婚儀のお話!?誰からお聞きになったのですか?婚儀のお相手は?」

「先程、副大臣の蘇芳(そほう)殿にお会いしてな、立ち話ではあったが、まず間違いないだろう」

 月影の思わぬ強い口調に、紅姫の第二政務官である、樹桂(じゅけい)は驚いた顔で答えた。

 政務室には珍しいことに、月影と樹桂の二人しかいなかった。

 二人はよく似た顔立ちをしているうえに、背格好も似ていた為、少し歳の離れた兄弟にも見えた。大きな違いがあるとすれば、樹桂には立派な口髭がはえていることであろうか。

 政務中は同じ色の衣装を着ているせいもあってか、背後から見ると同じ人間が並んで座っているように見え、ひそかに他の政務官たちを笑わせていたのであった。

 席が隣り合っている二人ではあったが、このような重大事項を席に座ったまま話すことは、まず、ありえないことだった。普通に考えればめでたいことで、すぐに話が宮中に広がるということもあってか、樹桂は普段に比べ饒舌であった。

「姫様も十と六歳だぞ。少しもおかしな話ではない…いや、むしろ願ってもないほどの良縁だろう。お相手が『水ノ国』の玉雨(ぎょくう)様なら」

「…玉雨!?」

「馬鹿者、きちんと相手を敬いなさい。どこで、誰が聞いているのか、わからんのだから」

「あの、生っ白い、なよなよとした蛙野郎とは…」

「月影!!」

 吐き捨てるように玉雨のことを揶揄(やゆ)した月影を、樹桂がいさめた。

「…気をつけます」

 うつむいたまま、一応反省の言葉を口にした月影であったが、その心が別のところにあるのは明白であった。樹桂は大きくため息をつくと、虚ろなままの月影を残し、一抱えもある書類を持ち部屋を出た。

(困ったものだ)

 本来、月影は樹桂よりも位は上なので、公の場では敬語を使って話しているが、月影が下働き…今は政務補助官と言うが、その指導役だった樹桂は、普段、月影と二人きりで話す時には敬語は使っていなかった。

(ごくたまにだが、感情のままを言葉に出してしまう)

 

 先日、黄玉帝様が倒れられてから、宮中がザワザワと落ち着かない。

 樹桂はそう感じていた。

 黄玉帝様は、幸いにして大事なかったが、どうもあの日からお元気がなく、どことなく顔色も良くないように樹桂には見受けられた。

 私くらいの政務官では、真実を聞かされる時には、黄玉帝様が崩御なさる直前だと樹桂は思っていた。

 我々には過労の為、少し休まれると言っていたらしいが…冬の期間は比較的、政務も行事も少ない時期なのだ。

 もし大病をお隠しになっているとしたら…紅姫様のご婚儀、少々早いが白姫様のご即位と行事が目白押しになり、政務官たちの配置も大きく変わることもあるかもしれない。

 そんななかで、紅姫様のご婚儀などは、おめでたいお話であり、宮中にも明るさが差し込むのではないかと思い、喜ぶ月影が見たくて早速話してみたら、あの有様だ。まったくもって理解出来ないと、樹桂はため息をつきながら、首をひねったのであった。

 

 首をひねると言えばもう一つ。

 黄皇帝様が倒れられた日に、流とかいう『紡ぎ人』候補者の行方が不明になる事件があったのだが、衛兵が雪降る庭園の一角で見つけた時の様子がどうもおかしかったと、樹桂は衛兵長より聞いていたのだった。

 本人の弁では「雪があまりも美しいので魅入っていた」とのことだったが…

 この季節に、それも雪振る中、外羽織も着用せずに外に突っ立ているとは、樹桂には正気の沙汰とは思えなかった…だがそれが芸術に身をおいている者の特徴なのだと言われれば、それまでで、流の周辺には彼自身の足跡以外は見受けられず、発見した衛兵もそれ以上の追求はしなかったようだ。が、どうも怪しい。というのが衛兵長の意見であり、樹桂も同感であった。

(それとも私が、政務以外のことでは、人の心についての感受性が鈍いのであろうか?)

 先程のまったく予想できなかった月影の様子を思い出し、樹桂はひとりごちて苦笑いをしながら、大臣室へ向かい、廊下を進んだのであった。


 一方白宮で白姫は、ほくそ笑む自分を鏡で見ていた。

 面白いように事が運んでいる。

 鏡は、いつぞや『火ノ国』の行商から買ったもので、縁は美しい銀細工で出来ており、鏡自体も、またそこにうつる自分を見るのも白姫は好きだった。

(父上が倒れたのも実に間が良かった)

 宮中の慣習として、即位と婚儀は別物であるのだが、細かい決まりごとがたくさんあるなか、白姫が即位する為には、王位継承権をもつ者が複数おり、それが姉妹の場合、継承権の権利が低い者、すなわちこの場合は紅姫がまず輿入れをすることになっていた。

(父上を不安にさせ、私の即位を思い描かせることによって、姉上の輿入れを考えさせる。『水ノ国』の王子が姉上とつりあう年齢だったのも都合が良かったな。おそらく、父上が倒れることがなくても、いずれは玉雨との婚儀を考えていたのに違いない。婚儀が少し早まっただけであるが、しかしこれで邪魔者はいなくなり、私と紫雲…いや、この際、この時期で紫雲は切り捨て、姉上に付いて行くであろう月影を呼び戻し、私の大臣にし、私と月影で国を動かす…なんて理想的なんだろう)

 白姫は、自分の想像にうっとりとしていた。

 紫雲…あの男はどうもどこか信用しきれないところがある…と白姫は以前から感じていた。宮中で栄華を極めたいのならば、官職に、そして機会があれば最高地位の職に就きたいと願うのが向上心であり、人間の業でもあるのだから仕方がないとも言えるのだが。

 月影にも、もちろん野心はあるだろう。だが、紫雲にはないもの…真摯なものを白姫は、月影の中に見ていた。しかし、その真摯さは紅姫だからこそ発揮されていることに、白姫はまだ気が付いていなかったのである。


「なぜ、お前がはしゃぐのじゃ」

 紅姫は反物(たんもの)を広げて、騒いでいる桂を見て笑った。

「ですが、姫様。おめでたいことなのですよ」

 桂は紅姫が三歳の時に、この宮へやってきた。その時桂は二十と四歳。働き者で、見栄えも決して悪くない桂には数々の縁談があったのだが、桂は頑として受け付けず紅姫に仕えてきたのだ。そして今も縁談はあるようだったが、今の桂は自分のことより紅姫のことに一生懸命のようだった。

「…そうじゃな。めでたいことなのだな」

 紅姫は婚儀が予定されている玉雨に対し、特別な感情は持っていなかった。

 記憶をたぐると、幼い時分に会ったこともあるような気がする…くらいの思いだったが、紅姫はもともと婚儀事態に興味がなく、それよりも、黄玉帝からこの婚儀について受けるかどうか問われた時(もちろん断る理由もなく、余程のことが無いかぎり受けねばならない話ではあったのだが)数ある条件の中に、この婚儀では、紅姫は当面の間この国に残れることがわかり、紅姫はあまり迷うことなく婚儀を受けたのであった。

 その条件とは、白姫が成人するまでの間、玉雨王子と紅姫で『木ノ国』の政治を執り行うというものだった。

(考えると、たとえ短い間であろうとも『水ノ国』の者に我が国の政治に介入されるわけだが、それは、この私と月影がしっかりしていれば良い話であり、第一にまだ父上は過労の為倒れられたとはいえ健在であり、大臣、副大臣もいるのだ。玉雨殿にはおとなしくこの国に居てもらえば良いだけの話だ)

 紅姫は事の成り行きが良い方向に向かっているように感じ、微笑みを浮かべ、天を仰いだのであった。


「玉雨殿がこの国へ来る?!」

 白姫は叫ばずにはいられなかった。 

 紫雲は白姫の剣幕に驚いた。白姫は唇を噛み締め戦慄(わなな)いている。

「…はい、『水ノ国』の国王様はまだまだお元気ですし、それならば、第一継承権のある白姫様が成人なさるまでの間、この『木ノ国』で仮の政治統治者として、玉雨様と紅姫様のご夫妻で政治を執り行ってみてはどうかという話に『水ノ国』の王、徳雨(とくう)様との間で決まったようでございます。まぁいずれお二人は『水ノ国』へお戻りになって、白姫様がこの国を治めることになりますが」

(使えない父親だ…たいした病でもないくせに倒れたものだから、気弱になりおって、『水ノ国』の王の言いなりか!これでは『水ノ国』の侵略を受けたも同然ではないか。一体大臣どももなにを考えておるのだ)

 白姫はぎりぎりと爪を噛んだ。


「なぜ紅姫様のご婚儀なのに、お輿入れではなく紅姫様がこの国に留まるのですか!!」

 桂は激怒と言ってもいいほどの勢いで樹桂に詰め寄り、樹桂は呆気にとられた。

「本日、二人目じゃ。姫様の婚儀で、そんなに怒ったのは」

 紅姫付きの侍女である桂に、この度の婚儀について、黄玉帝様のあまり優れぬご様子もある為、玉雨様がしばらくの間この国に留まる話をしたところ、この有様になったところであった。

「なぜ『水ノ国』へ行けないのですか!」

「だから理由は先程説明しただろう…何度話しても同じだ」

 やさしく諭す樹桂の言葉に、ぺタリと床に座り込む桂。

「何故、そんなに落胆するのだ?あんなに紅姫様の婚儀を喜んでいたではないか。婚儀により玉雨様がこの国にいらっしゃるにしろ、紅姫様が『水ノ国』へ輿入れするにしろ、どちらにしても姫様と離れ離れになる訳でもあるまいし、むしろ住み慣れたこの国に残れるのだ。良い話だと私は思うのだがなぁ」

「…はい…そうでございますね…」

 桂はうつむいたまま一礼をし、樹桂の前から立ち去った。

「さっぱり、わからぬ」

 樹桂はまた首をかしげながら、政務室へと戻ったのであった。

この度も読んでいただきありがとうございます。

初めて読んでいただいた皆様も、誠にありがとうございます。

次回は4月18日金曜日15時に『水ノ国の王子、来訪』(仮)を掲載予定です。

ぜに、お楽しみに…と言えるくらいの作品を目指してがんばりますので、

良かったら読んでいただけますと、嬉しいかぎりです。では。


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