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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
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紡ぎ話~其の弐~

『冬の殿』にて食事会を催している最中、田上の地が大雪崩で埋もれたという報告が

入る。紅姫の英断により、田上の住民は転地しており、死者はなく喜ぶ一同ではあったが、まず、自分の正しさを証明出来たことを喜んでしまった紅姫は、自分を恥じていたのであった。


 白姫は面白くない日々を過ごしていた。

 数日前に田上から、わざわざこの大雪の中、村長(むらおさ)の使者がやって来て、黄玉帝と紅姫に丁重な礼と、雪解けのあかつきには、ぜひ村をあげての祝宴を催したいと村中で相談しており、『夏の殿』への『神移り』の際にはぜひ『仮宮』としてお立ちよりいただけたらと、伝えていったのであった。

 使者が来ている間、白宮に自分一人閉じこもっていた白姫は、大いにふて腐れていたのであった。

「あーあ、つまらぬのう。なにか面白いことはないものかのう」

 寝所ほどもある天蓋付きの椅子に寝転びながら、白姫は大あくびをした。

「でしたら、桃歌でも呼び、香を奏でさせますか?」

 白姫の侍女が伺いを立てた。

「毎日、毎日、香を聞くのものう…そうだ。『紡ぎ人』を呼べ。なにか話を聞きたい」

「承知いたしました」

 妙齢の侍女は微笑むと、さらに控えていた侍女に『紡ぎ人』を召すように伝えたのだった。


「これはお呼び出しいただき、ありがとうございます」

 白蓮が紡ぎ人候補の二人を引き連れて、白姫のもとにやってきた。

「ん?候補者はもう一人おったのではなかったか?」

「はい、流という者が見当たりませんで…」

「大丈夫か?」

 白姫は嫌な顔をした。

 白姫の懸念はもっともであった。彼らはまだ管理下にあるべき人間なのだ。

「今、衛兵たちに探させております」

「うむ。ならばよい」

「えー誰に話をさせましょうか?もちろん私も含めてですが」

 白蓮は白姫が誰を選ぶのかを興味津々で、さも愉快そうにたずねた。

「候補者の話を聞いてみたい。そち、そちが良い」

 白姫が指差したのは、浮雲だった。

「さすが白姫様。御目が高い!この浮雲を御指名下さるとは」

 ひらりと、白姫の侍女や、白蓮たちが構えている部屋の中央に優雅に躍り出ると、芝居かかった調子で歌いだし、語り始めたのだった。

『これはとある国の話。その国は酷く貧しく、民の生活も酷いもので、食べる物が無いせいで、毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際。ある娘の家も同じように、今日食べる物にも困るほどの貧しさでした。

そんな時、旅をしているのでしょうか、一人の老人がヨロヨロと娘の家の方向に向かって道を歩いてきたのでした。

手伝いで、家の前にある井戸から水を汲んでいた娘は、老人があまりにもつらそうなのが気にかかり、つい声をかけてしまったのです。

「旅の方、少しここで休まれたらいかがですか。水はあります」

「すまんのですが、水もですが、できたらなにか食べる物を分けていただけないでしょうか?」と老人は娘に言った。

水は汲んだばかりだったので、すぐに分けることができたのでしたが、問題は食べ物でした。

娘は迷ったあげく、自分が昼に食べようとしていた、なけなしの饅頭(まんじゅう)をあげることにしたのでした。

老人は娘のやさしさにいたく感謝し、お礼にと、背に負っていた美しい寄木(よせぎ)でできた一抱えもある箱を娘に渡すと、またヨロヨロと道を進んで行ったのでした。

箱はとても美しかったのですが、空腹のたしにはなりません。

それでも、せっかくもらった箱です。娘はあの老人が神様で、この箱の中に饅頭が山のように入っていたらなぁと、そんな想像をしながら箱を開けました。

すると、どうでしょう。

箱の中いっぱいの饅頭がほかほかと湯気を立てて、ぎゅうぎゅうに入っているではありませんか。娘は目を疑いましたが、恐る恐る饅頭を一つ手に取り、口に入れてみました。

噛むことができ、ほのかに甘い味がし、飲み込むことができ、お腹にたまっていきます。

娘は家族を呼んで、驚く家族にどんどん饅頭を食べさせたのでした。

それから娘は、もっと良い服を着たいと願いながら、一度閉めた箱を開けました。

すると今度は箱いっぱいの美しい服。ならば次は、もっと良い靴をと願うと、箱いっぱいの靴が入っているのでした。

娘の父親は、とても正しい人なので、その箱は神様がこの貧しい村に贈り物としてくれた物に違いないと、村の皆が使えるようにと考えました。

しかし、箱に願いを叶えてもらうことのできるのは、娘一人だけだったのです。

娘は休む間もなく、村人たちの願いを叶え続けました。

村人たちは働くということがなくなり、箱に願いをかけ続ける娘にくらべ、だらだらと食べては寝ての毎日になってしまったのです。

娘はこれで、本当に良いのか悩みはじめました』

 その時、扉の開く音に白蓮が目をやると、黄玉帝が政務官の一人をつれて部屋にそろそろと入ってきた。白姫に会いにきたのだろう。

 立ち上がり礼をしようとする白蓮を制し、黄玉帝は一番後ろの椅子に腰をかけた。

 皆が、浮雲の話に聞き入っていたのであった。

『ある夜のことです。

流れ者の盗賊の一味に箱は盗まれ、娘は連れて行かれてしまったのです。

村の外れの空き家に連れ去られた娘は、盗賊の親分に命令されました。

「金を出せ。どんどん出せ、この台車がいっぱいになるくらい」

このままでは盗賊の言いなりです。娘は考えました。

「…わかりました」

娘は盗賊に言われたとおり、箱いっぱいの金を出し続けました、すると、あっという間に台車は金でいっぱいになりました。

「もっと、もっと金が欲しいぞ。さて、どうしたものか」

「御頭様、わたくしに良い考えがございます。私が明日村にいないと怪しまれます。この空き家にも誰かが私を探しに来ることでしょう。ですから、ここに金を隠すのは良策とは言えません。そこで、この先の森に木立に囲まれた、ちょっとした広場がございます。その場所は村の人間は知りません。そこに金を出して隠しておいてはいかがでしょうか?」

「私にはいくらでも自分で金を出すことが出来ます。私が隠し場所から金を持って行くことはありません。金はいくらでも出すことができるので、わざわざ私が村人へ御頭様のことを話すこともいたしません」

「うむ、なかなか良い考えだ」

こうして娘に引き連れられて盗賊一味は森の広場へ行きました。

「確かになかなか良い場所だ。さぁ、ではここにどんどん出せ。金を出せ」

「かしこまりました」

娘は箱からどんどん金を出していきます。

盗賊一味たちは、隠しやすいように、広場の中央に金を運んでいきます。

「はて?金とはこんなに軽かったかな?」子分の一人が首をかしげました。

「いやいや、こっちの金はえらく重いぞ」別の子分が言いました。

盗賊どもが、えっちら、おっちら金を運んでいると…

ドドド

なんと深く大きな大穴でしょう。

「助けてくれ~」

穴の中では、金に埋もれた盗賊たちがもがいています。

「残念でした」

娘は穴の縁に立ち、こう言いました。

「ここは昔、私たち家族が獣を捕まえる為の罠を張った穴場なのです。だから私には穴の縁の正確な位置がわかっていました。村の人たちは、この狩りの為の穴場がこの場所にあり危険であることを知っていたので、もともと立ち入ることはありませんでしたが、罠として使わなくなってからは子供が乗っても大丈夫なくらいの軽い土で埋めておいたのです。それが金の…偽物の金の重さで沈んでしまったのです」

「偽物の金!?」

「はい、私は箱にこう願いました。『金色に塗られた石を箱にいっぱいに』と。台車に乗っている金も、もちろん石です」

こうして翌朝、盗賊は村人に捕まりました。箱のありかをたずねられた娘は、箱は自分の不注意で穴に落ちて壊れてしまったことにしたのです。なぜなら、

「この箱は幸せも呼ぶけれど、不幸も呼ぶ。人は働かなくなるし、きっと人間が使う物ではないのだわ、だから、ここに隠しておきましょう」と、夜のうちに樹のウロに隠して置くことにしたのです。


数十年後、村は何度かの戦禍(せんか)をこうむったが、村は新しい領主のもと、食べる物に困ることもなく、平和に営まれていました。

娘も歳をとり結婚し、息子と娘を授かり、そしてその年、孫も産まれました。

まるで毎日が流れる水のように過ぎて行ったなか、今はのんびりと平和であることを噛み締めていました。

しかし、ある日突然、樹のウロにかくした箱のことを思い出したのです。

森へ入り樹を探しましたが、どうしても箱がみつかりません。

「あら」

昔の娘は気が付きました。

樹のウロに根をつけた別の木が大きくなり、根が箱を包み込むようにウロから生えていたのです。

見えるのは箱の角だけでした。

娘は少し残念な気もしましたが「きっとこのほうが良いのだわ」と、箱を包んだ木を撫でながら「どうかずっと、この平和が続きますように…」そう願いました。

家に帰る昔の娘の背後で箱がきらりと光り、村の平和は百年も、二百年も続きましたとさ』

「さぁ、白姫様ならばどんな願いを箱にかけますか?」

「…われか!?われはなんでも持っておるからなぁ…そうじゃなぁ」

 白姫が悩んでいると、

「では、この箱を」

 浮雲が懐から、ぱっと見は白色なのに光の加減で七色に光る、不思議な色の小箱を取り出した。

 白姫が好奇心に満ち溢れた顔で小箱を開くと…

「なんじゃ、からっぽじゃ」

 どっとその場にいた者たちが笑った。

「ほう、しかしその箱は海で取れる貝で作られていて、箱そのものが、なかなか珍しい物だったと思ったが?」

 白蓮が声を上げた。

「左様でございます。おそらく欲しい物はもうない白姫様に差し上げるには、珍しい物が良いのではないかと思いまして」

「もらってよいのか?」

「もちろんです。これにてわたくしの話は終わりでございます」


 浮雲が優美な会釈をすると、その場の人間から大きな拍手が沸き起こった。

(うむ、さすが見せなれておる)

 白蓮も惜しみない称賛の拍手を送った。

(そのうえ、白姫様がご興味を抱きそうな話の選択。最後には話にからめての演出。見事。後はどのくらい引き出しがあるのか、ぜひ、もっと話す場を与えてみたいものだ)

 白姫も満面の笑みで拍手をしている。

「浮雲とか言ったな。見事であった。面白かったぞ。箱も美しい、見たことがない不思議な色だ。そうだ、まるで雪のような美しさだ」

 白姫は久しぶりに上機嫌であった。

 その時だった。

 ドダン。ガタガタ。

「黄玉帝様!!」

 政務官の大声に、白姫が立ち上がり、皆が後ろを振り返ると、そこには椅子をなぎ倒し、倒れている黄玉帝の姿があった。

「いやーーーお父様!!」

 白姫のはしゃいだ声は悲鳴へ変わり、白宮に響き渡ったのであった…

お読みになって下さいました、皆様、ありがとうございました。

今回は少々長い、話になってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

もし、少しでも楽しんでいただけましたら、心から嬉しいです。

では次回は明日、4月12日15時に『紅姫の婚儀』を掲載予定です。

楽しみにしていただけたら幸いです。ではまた。


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