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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
22/63

大広間にて

秋が深まりつつあった『冬の殿』も、冬の雪につつまれた。

そして今日は…


 紅姫はいつの間にか、大きなため息をついた。

 ちょうど、かたわらにいた桂も月影も、その理由は聞かずともよくわかっていた。

 その日は大広間にて、皇族全員が集まって催される食事会の日であったからだ。

 よって政務官である月影、紫雲ともに同席は許されてはいない。

 しかし『紡ぎ人』の白蓮は、場がしらけぬ様に同席を許されていた。

 そして『楽流』一番の香の弾き手である、桃歌(とうか)という女性も同席…というよりも、その場にしつらえられた演席にて、香を弾き鳴らしていた。

 桃歌は目が不自由だという理由で、いつも顔を桃色の薄絹で覆っていた。 が、それは本人の弁で『鉄木戦争』で顔に酷い火傷を負ったと言う話もあった。

 よって年齢も、容姿もあまり他者が知るところはなく、その指が奏でる香の音が、素晴らしく美しいということだけは、認知されていたのである。

 食事会はいつも通りだった。

 白姫の甘えた声と、黄玉帝のその声に答えるやさしい声音。時折、白蓮が二人の邪魔にならない程度に、季節の話題を入れたり、今日の料理についての話をしたりしていた。

「しかし今年は雪が多いですな」

 白蓮が言った。

「そうだな、わしも六十四年この『冬の宮』に居を移しているわけだが、記憶にある限りではこんなに雪が降ったのを見たことがない」

 確かに雪に覆われない為に、『夏の宮』からこの『冬の宮』に移るのだが、今年に限っては、この宮にも里ほどではなかったが、雪が舞い降り薄っすらと積もっていた。

「お父様、でも私は初めて間近で雪を見ることが出来たわ。とても綺麗よね。宝石みたいにきらきらしていて。冷たくなかったら一年中降っても良いのに」

 わはははは、と黄玉帝は愛しそうに白姫の言葉に笑う。

 紅姫は会話にくわわることもなく、魚介類の汁物を飲んでいた。

 …この頃の紅姫は、この二人のやりとりに特になにも感じていなかった。心を閉じればいいのだということを知っていた。そう、心を二人にむけず、食事を楽しめばいいのだ…と。

 そうすれば、話しかけてもらえない自分をみじめに思うこともなく、話しかけることのできない自分の弱さを恥じることもない…

 もう少しで、この時間も終わる…

 しかし心を閉じていたばかりに、そんな紅姫をいつも気にかけ、見つめている白蓮や、側に控えていた桂にも、紅姫は気が付くことがなかったのである。

 そろそろ食事も終わりに差しかかり、皆、食後のお茶を待つばかりになったその時であった。その日はいつもと違ったのである。

 大広間の扉を強く叩く音がすると、大扉が開き、黄玉帝の第一政務官、海松(かいしょう)大臣がうやうやしく一礼をし、「報告があります」と言った。

 食事会を中断させてまでの報告とは、余程のことが起きたのであろうと皆の間に緊張がはしった。

 海松大臣の後ろには、副大臣の蘇芳(そほう)、月影、紫雲も控えていた。

「なにごとか」

「はっ、先程、紅姫様の領地である田上で大雪崩が発生し、田上の地は人が入れぬほどの雪で埋まってしまいました」

「残っていた住人はいたのか?」

 中腰になり、黄玉帝より先に口を開いたのは紅姫だった。

「いえ、すでに十日ほど前には全住人の引越しが終了しており、雪崩に巻き込まれた住民はおりません」

 椅子に崩れ落ちた紅姫を桂が支えた。

「…では、良かったではないか。わざわざ食事を中断させるほどのことでもなかろうに」

「はっ、一応大事にて報告に参りました。お食事を中断させてしまい申し訳ございませんでした」

 黄玉帝にそう言われると、政務官たちは扉を閉め出て行った。

「良かったじゃありませんの、さすが紅姫姉様。雪崩のこともお見通しとは。占い師にでもなればどうかしら」

「そうじゃ…のう」

 紅姫には白姫の皮肉交じりの言葉は耳に入っていなかった。

 雪崩… 巻き込まれた住人はいない…


 紅姫にはっきりと意識が戻ってきたのは、赤宮の皇女座に腰を下ろし、月影に田上での雪崩について、報告を受けている時だった。

「……少しずつ、地滑りを繰り返し、今年の春の大地滑りで地形が大きく変変わり…このようなことになったのではないかというのが、領地管理官の説明でした」

「…そうか…」

「…紅姫様、大丈夫でいらっしゃいますか?顔色がすぐれませんが?」

 紅姫は、月影の質問には答えず、うなずいた。

「このたびは死者が出なかったこと、誠に幸いでした。それも紅姫様のご英断の賜物です」

 その言葉に、紅姫は顔を歪ませただけで、返事は返さなかった。

「桂、今宵はもう休む」

 そして月影には、ともかく今は何も出来ないのだから、春になるまで田上の地には誰も入らないように指示し、月影の労をねぎらう言葉をかけ、寝所へ向かったのであった。


「桂すまぬが…」

「わかっております」

 紅姫がすべてを話し終える前に桂は隠し扉を開き、姫の寝所から出て行った。

 いつの間にか寝所に入り込んだ黒い影が、次第に人の形になっていく。

「…のう日陰」

「はい」

「私が田上の雪崩の話を聞いた時に、一番初めに思ったことはなんだと思う?」

「……犠牲者が出なくて良かった…ですか」

「日陰、私を軽蔑してくれ、まず思ったのは『私は正しかった』だ」

 紅姫はその細く、長い指の手で、自分の顔を覆った。

「…」

「なにが民の為だ、あの時の私は鬼だった。まず喜んでしまったのだ。雪崩が起きたことを。これで私は間違っていなかったことを証明できた!と。私の勝ちだと」

 静かな時間が流れた。カタカタと時折、窓を風が揺らした。

「…姫様、犠牲者は出ておりません」

「…そうだな、犠牲者が出なかったのは…本当に良かったな」

 やっと紅姫に笑顔が少し浮んだ。

「そうです。もっと単純に喜ぶべきです。でも、わたくしは…」

「なんじゃ?」

 少し、はにかんだ日陰は、

「正義に忠実に生きようとし、ご自分の正直なお心に悩む…そんな人間らしい姫様が好きでございますが」

「からかいおって!」

 頬を赤くした紅姫が、枕元の座布団の一つを日陰に投げつけた。

「わっ、ひっ姫様」

 幼子のようにべーっと舌を出してみせた紅姫は、ただの十と六歳の娘だった。


 一方白姫は、座布団に埋もれながら考えていた。

「邪魔だな姉上は」

 これでは我慢して黄玉帝の機嫌をとっている自分が滑稽で、哀れすぎる。

(死んでもらっても別に良いのだが、思ったより姉上には人望がある。不審な死因で宮中が荒れ、姉上の死後、使える者も使えなくなるのは手痛い)

 カタカタと窓を風が揺らす。

「そうだ…姉上も良い歳だ。嫁にでも出て行けばいいのじゃ」


皆様、お元気いらっしゃいますでしょうか?

今回の掲載なんとかできました。今回は次回の予告ができて嬉しいです。

次回は、4月11日金曜日の15時に掲載予定です。

読んでいただきまして、誠にありがとうござます。

では、また。

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