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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第三章 三人の紡ぎ人候補と二人の姫
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三人の『紡ぎ人』候補

「ここが『氷の館』かぁ」

 浮雲(うきぐも)という名の、背の低い男が、きょろきょろと辺りを見回しながら、歓声をあげた。その様子は、落ち着いている他の二人と違って、まるで子供のように見えた。

「そう、あまりはしゃぐでない。思っているよりも声は遠くまで響いているぞ」

 白蓮の静止に他の二人が笑う。

 浮雲は肩をすくめ舌を出した。小柄でくるくると表情が変わり、いい大人に向けてかける言葉ではないのだが、愛らしい容貌だった。もっとも特徴的なのは、その銀色に光る髪の毛だったが。

 白蓮を先頭に『紡ぎ人』候補の三人は、宮中の通路を歩いていた。三人は昨日この『冬の宮』に呼び出され、宮廷の裏に建っている、使用人用宿舎の客間にて一泊したのであった。

「浮雲殿は『土ノ国』(どのくに)の出身だったかね」

「はい、そこで芝居の一座に拾われたのが、生まれたばかりなのに運の尽きってやつですね。ヤギの乳を飲みながら初舞台が赤子の役。と言っても尻をつねられて『うぎゃー』と泣けば出番は終わり。物心が付く前からそんな毎日じゃ、どうも常に何かの役を演じていないと落ち着かないと、」

「ほう、今はどんな役を演じているのかな?」

「初めて王宮に召し上がった田舎者でございます…あれ、役ではなく、今のわたくしそのものでした」

 はははと皆が声を上げて笑った。

(二十と三歳と年こそは若いが、なかなかどうして人の心をつかむのが上手い)

 白蓮は赤子の頃から芝居の一座に居たというだけはあると、浮雲に感心していた。

 他の二人は、決して『話し手』の専門という職業ではなく、趣味で本をよく読む、旅を多くしていたと、選考時にはそんなふうに申し出ていたが…

 もっともそれが本当かどうかもわからぬことで、これから生活を共にする中でわかるであろうと白蓮は思っていた。

 こたびの『紡ぎ人』の後継者探しは、宮中に入り込みたい悪しき者にとって、良い機会を与えてしまっていることを、白蓮は危惧していたのであった。

 流(ながれ)という男の歳は四十と九歳だった。年齢に見合った、落ち着き払った様子で宮中を眺めている。

「流殿は『水ノ国』(すいのくに)の出身でしたな。あそこは良い。風光明媚で『紅麗(こうれい)の滝』でしたかな。紅葉の時期に訪ねましたが、紅葉した葉が滝の流に乗り、川幅いっぱいを紅く染めていく様子は、筆舌しがたい美しさでした」

「お褒めにいただき、ありがとうございます」

 流は深緑色の長衣の袖を合わせ、深く頭をたれた。

「そして『鉄ノ国』(かなのくに)の鉄火(てっか)殿」

「はい」

 鉄火と呼ばれた男は、逆立てた黒髪に、黒衣に金糸、銀糸で不思議な生き物を縫いつけた衣をまとい、巷では洒落者(しゃれもの)と呼ばれている格好をしていた。顔つきも鋭く、宮中に合った雰囲気とは言い難かった。

 しかし、その見た目と、十と八歳の年齢のわりには、返事の声に不思議と重厚な響きがあり、そこがいつも白蓮の気を引いた。

「白蓮様、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 鉄火が白蓮に問いかけた。

「うむ」

「昨日から我々は、赤皇女宮(あかおうじょきゅう)側から出ていないようなのですが、意味があるのですか?」

「あぁ…確かに、通称赤宮(あかみや)の中から出てはいないが…特に意味はない」

 ここ冬の宮、民の間では先ほど浮雲が言ったように『氷の宮』と呼ばれていたが、冬の宮も基本的な作りは夏の宮と同じで、正面から見て中央が黄玉帝の宮、左右に赤宮、白宮と住み分けられている。

「わし個人の部屋も赤宮にあるが、偶然…というか、まぁその部屋が空いていたというだけの話だが、実は実際『紡ぎ人』の『お呼び出し』は紅姫様からが多くてな。白姫様は『楽流』(がくりゅう)の、香(きょう)の音のほうがお好きだし、黄玉帝様からもあまりお声はかからんのじゃよ。しかし…そんなに、あちらの宮に興味があるのかな?鉄火殿は?」

「いえそんなことはございません。わたしくしの職務は場所ではなく、人に対してのものですから」

「うむ。そのとおりだ」

 ふと、白蓮が外に目を向けると、秋の暦の中でも天気の良い日で、暖かい日光が芝に降り注いでいるのが通路から見えた。

「天気も良いようじゃからな、予定を変更して、本日の講義は庭の東屋(あずまや)でおこなうとしよう」

 こうして、白蓮一行は庭園の東屋に腰を下ろすことになった。

「夏の宮で『紡ぎ人』の説明は受けたと思うが今一度、話させてもらうよ。と、言ってもそう難しい職務ではないのだがね」

~『紡ぎ人』とは、直接、皇家(おうけ)の方々に雇われており、どの政務組織にも属していない。その点では音楽を奏でる『楽流』も同じであり、日々の政務でお疲れである皇族の皆様のお心をお慰めするのが職務である~

 そこからは『紡ぎ人』として、白蓮が作ったいくつかの掟の話を聞かせた。政務に立ち入らない、聞くにたえない卑猥な話はしない、はっきりと人物の特定をすることができ、その者をおとしめるような話はしない、等『紡ぎ人』として、白蓮が注意している事柄を伝えた。

 途中、女官が果実の葉が入った、甘い芳香のするお茶を飲んだりしながら、和やかな時間が過ぎていった。

「特別『紡ぎ人』が一名でなければならないとは決まっていないが、おそらく雇われるのは一名だろうな。それは覚悟しておいて欲しい。その資質を見極める為、冬の間、この宮にて色々と試させてもらうよ」

 にやりと笑った白蓮に、浮雲が、

「うわっ恐いなぁ、なにをやらされるのか」

 とおどけてみせて、皆の笑いを誘ったのであった。

 そして白蓮の話が一段落した頃、離れの掃除でも終えて来たのだろうか、女官たちが東屋の横をひそひそと『紡ぎ人』のことを話しながら、通り過ぎようとしていた。

「君たち、これからも急ぎの仕事はあるのかな?」

 白蓮が声をかけた。

「いえ、部屋に戻って休憩ですが」

「おぉでは、せっかくだから、見習いのだが、話のひとつでも聞いていかないかな?」

 女官たちはきゃあきゃあと「もちろん喜んで」と、東屋を囲んで芝に座り始めた。

「さて、誰が話を紡ぎ出してくれるかな?」

 白蓮の提案に、すっと、一人の男の手が上がったのであった。

はからずも、3.11の今日、後書きを書いています。

私は内陸に住んでいたのですが、東北人として、やはりこの日には

特別な想いがあります。

震災の爪あとの中から心を動かせない方々の事を思うと、

簡単に言葉に出来ない想いがあります。


今回から新章に入りました。いかがでしたでしょうか?

読んで下さった皆様ありがとうございます。

次回は3月18日火曜日15時に掲載予定です。

では、また。

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