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宮廷物語  作者: 卯月弥生
第二章 紅姫
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黄玉帝と大会議

赤宮政務会議が行われ『秋の神移り』輿降りの儀について話し合われたが、

特に意見も出ず、会議が終わろうとしていた。その時一人の若き政務補助官が意見を述べ、その後、月影と一つの問題点について話し合ったのだった。


「また、たわけたことを言い出したものだ…」

 黄玉帝(おうぎょくてい)の刃のような冷たい声が、会議をしていた大広間を切り裂いた。

 美しい二人の姫の父親だけあって、黄玉帝もまた、なかなかの男前と言っていい面(おもて)をしていた。目元は紅姫と驚くほど似ていて、すっきりとした切れ長の目だった。美しく整えられた口髭と顎鬚。きらびやかに冠(かん)で飾られた頭部。黄玉帝の象徴である、虎皮で出来た法服(ほうふく)を今日は身にまとっていた。

 大会議は暦の上で月に二度、帝宮(みかどみや)の大広間で開かれた。

 今回は『秋の神移り』直前の会議であった。

 出席者は、黄玉帝、黄玉帝付きの政務官が二名。さらにその政務補佐官が四名。

 白姫、白姫の第一政務官、紫雲(しうん)。

 紅姫、紅姫の第一政務官、月影。

 元老院(げんろういん)から三名。

 今回は、以上の者たちで議事が行われることになった。

 議題は…紅姫の『秋の神移り輿降りの儀』についてだ。

 黄玉帝の一言から議論は白熱を極めた。その中、白姫と紫雲だけは発言をしなかった。

 無言を貫き通す二人が不気味で、月影には気にかかっていたが、紅姫に足を踏まれ、いつものように挙手をし、立ち上がり、話し出した。

「しかし皆様、考えてみて下さい。神の血筋と言っても、紅姫様は所詮庶子(しょし)。純粋な神の系譜からは外れた位置にいる姫であること、奇行が多いことは民衆も承知の事実。黄玉帝様と白姫様、皇家が大きく非難されることもありますまい…と、考えるのですがいかがなものでしょうか?」

 月影はあえて紅姫を辱めるような言葉を並べ立てることに、いつものこととはいえ、心苦しさを感じていた。

(こんなことで心を痛めているとは、私もまだまだ甘っちょろいということだな)

 会議の場は、お互いを伺うような奇妙な雰囲気に変化した。

 民の命がかかっているかもしれない…というのが、やはり声高に反対しにくいところであるのだろう。黄玉帝でさえ、初めに紅姫に対し苦言を呈した以降は、渋面を浮かべているだけだ。

「年貢はどうするのだ。例年通りに、新し土地で米が取れるのか?」

 白姫の、幼いわりに迫力がある声が会議の場に緊張を走らせた。

 紅姫は自分の考えから落ちていた部分を指摘され、めまいがするほどの動揺に襲われた。

(しまった…米がとれるからこそ田上の民はあの地を動かなかったのだ。それは、年貢を納める為でもあるのだ…)

 以前に清流(せいりゅう)が危惧していたのはこの点だった。

『土地が変われば、収穫も変わります。姫様の案は、人命を大切にする素晴らしいものですが、致命的な欠陥があります。年貢です。紅姫様の領地から納めている年貢の米の三分の一は田上から取れます。その土地を変え今まで通りに米が取れるかどうか…』

「どうなさるおつもりか?まさかなんの考えもないわけではありますまい」

 紫雲の歌うような声が聞こえてきた。

(年貢のことを考え忘れるとは…)

 しかし紅姫はうつむくことなく、毅然と前を見据えたまま、年貢についてはこれから考えることを、そして決して納める年貢米の量を例年通り減らすことのないように策を講じることを、言おうとした…その時。

「紅姫様の領地の長たちに伝令を出し、田上の年貢米の収穫が落ちた場合、各村々から、いつもより多くの年貢米を納めてもらうことを承知してもらっております」

 月影の声に紅姫は目が覚める思いがした。

(月影…)

「そして田上には『輿降りの儀』があること。その後は近隣の田中に移ってもらいますが、収穫が落ちた場合、初年度の年貢米の納める量を削減すること。数年は様子をみること。その数年間、他の村々が補足をしてくれることで、転地してもらうことを承知してもらいました」

 大広間は水を打ったようになり、誰も口を開かなくなった。

 そんな中、第一声を発したのは白姫だった。

「ふーん。ならば、いいのではないか。田上の地に神社を建てても」

 実に素っ気無い物言いだった。

「ふむ」

 元老院も月影の策を聞き、さらに各村々の長たちの署名付き誓約書を見て心傾きつつあるようだった。


 …会議は今までにないくらいの長時間におよび、終了したのは、いつもならば、夕の食事が終わる時間であった。

 結論。

 紅姫は『秋の神移り』で『田上』の地で『輿降りの儀』を催し、その後は田上に神社を建てる。祀られるのは『黄玉帝の分身』であること。以上の結論に至ったのだった。


 遅い夕食も済み、いつもの長椅子に紅姫は身を横たえていた。思い通りに事は運んだのだったが、機嫌はあまり良くない。香の音も、今日は聞こえない。

 心配そうに侍女の桂が紅姫を見ている。

 いつもと違うのは、紅姫に呼びだされた月影が傍らにいることだった。

「…年貢のことはいつから気が付いていた?」

「…当初、田上の地に輿から降りるお話を聞いた後には」

「そうか…」

 紅姫は別に、月影に腹を立てていた訳ではなかった。

 自分の考えの足りなさ、詰めの甘さに腹を立てていたのだ。

(民の為と言いながら、少しも民の生活のことを理解出来ていなかった…民は自分たちのためだけではなく、むしろ年貢の為に米を作っているのだ。そんな当たり前のことを見落とすとは…)

「他の政務官たちも気が付いていたのであろうか?」

「そうでしょうね」

 紅姫にとって、年貢というのは自分から離れたところにある考えだったが、政務を司る人間には当たり前にすぐ気が付くことだ。それが、紅姫にとってますます自分の考えの甘さを突きつけられているような気がして、恥ずかしくなるのだった。

「そして、誰も赤宮会議の最中には進言しなかった…」

 紅姫にはそれが寂しかった。月影はおそらく、手は回しておいたが、わざと私が痛みを持って自分の詰めの甘さを知るように黙っていたのであろうが…他の者は、そうではあるまい。どうでもよいのだ。

「ただ一人、清流(せいりゅう)という者が、姫様には言いにくかったようですが、私には進言してくれました」

「…そうか」

 紅姫は長椅子から体を起こした。

(そういう者がいたか…)

 紅姫は単純に嬉しかった。

「あの者、まだ若いですが、紅姫様にとって良い政務官になると思います」

「うむ…」

「…姫様」

 桂が声をかけた。

「そろそろ、お休みなっては…」

「そうだな…月影、ご苦労であった。ありがとう…」

「はっ」

 月影は寝所に向かう紅姫を見送りながら、清流のことで、今宵は多少良い気分で眠れるであろう…と思った。

「姫様、誠にお疲れ様でございました。おやすみなさいませ」

 月影は、宮の奥へ消え、姿の見えなくなった紅姫に深く頭をたれた…


皆様、読んでいただきましてありがとうございました。

いかがだったでしょうか?

次回は3月3日月曜日15時に掲載予定です。

ぜひ、読んでいただけたらと思います。

新しい登場人物が出てくる予定です。ではまた。

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