プロローグ ~白蓮~
この物語を目にした御方。
そう、あなた様に、わたくしの物語を読んでいただきたいのでございます。
わたくしの名は白蓮。宮廷付きの『紡ぎ人』でございます。
この世に生をうけ、七十と三年。
名にふさわしく、あごにたくわえた鬚も、頭の上でまとめても腰までたれている頭髪も、それは白くなりました。金糸、銀糸が織り込まれた美しい服から出た自分の手首の細さに、枯れ木が自分の体にはえたのではないかと思うばかりに、体も痩せ衰えたしだいでございます。
足腰は言うことをきかぬようになり、宮中の庭園を散歩するだけで、半日が過ぎてしまうようになりました。目にも霞がかかるようになり、いくら煌々と火を焚こうとも、夜間の物書きは難しくなり、隠居いう言葉が脳裏に浮かびあがりました。
わたくしは帝皇様にお目通りを願い、後継者探しの許しを得、この国だけにとどまらず、隣国にも、布令を出したのでございます。
宮廷広間の方角からは、“香”と呼ばれている弦楽器の奏でる音が聞こえてきます。老いたこの耳にまで届くほどの音となれば、宮廷中に音が満ちていることでしょう。
『紡ぎ人』とは?
これは申し訳ございません。
『紡ぐ』とお聞きになって、あなた様は何を紡ぐことを想像しましたでしょうか?
糸?
残念ながら糸ではございません。
わたくしが紡ぐのは物語でございます。
先ほど申し上げたとおり、宮廷付きということで、皇族の皆様にわたくしが紡ぎあげた物語をお聞かせし、楽しんでいただくことを職務としております。
ずいぶんと楽な職だと思われることでしょう。
たしかに、政務を司る者、護衛官、帝の身の周りを整える者、宮中に数ある職務の中では楽な職務だと言えるかもかもしれません。
されど、わたくしが聞かせたい話を語るわけでもなく、その時々に、話を聞いていただく、お相手の胸中に沿った、お心を揺さぶる物語であったり、または、お心を静めていただくお話であったりと、この職務で大切なことは、話上手であることよりも『相手をよく見る』ことなのでございます。
それが良い、『紡ぎ人』なのでございます。
ですから、あの男を見た時に、わたくしには、すぐにわかりました。
この男は、波乱をもたらすと。
その男は、わたくしの後継人候補として集められた民の中におりました。
広間の一つに、約三十人程度でしょうかな。他の国々からも集まった語り部達が車座になり、とっておきの物語を披露し合っておりました。
…わたくしの権限は強くあったので、その男をふるい落とすことは、簡単にできたのです。しかし、…その男の話は、あまりにも魅力的でございました。
他の、選考者の方々もわたくしと同じような思いを抱いたようで、男に不穏な空気を感じつつも、結局、男は、三人の後継者候補の中に残ったのでございます。
その男の名は。『鉄火』。




