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3話 周りの決意

『ねぇ…』



尚哉は真っ白な一室で男の子がベッドに弱々しく横たわっているという妙な状況に混乱していた。


男の子は尚哉に瓜二つだった。


その子が尚哉と違うところは、眼鏡をかけていないこととやけにほっそりした幼い身体だけだった。


年の頃は十歳だと思われる。


その子は尚哉をじっと見つめていた。



『僕の気持ち、迷惑じゃないかな?』



何のこと、と聞こうとしたが口が動かない。


これは夢、なのだ。


どこか頭の端でそれがわかった。


それを認識した時、なんだかだんだん周りがぼやけてきた。


夢から醒めるのだ。


よくわからない夢。


そう思いながらも尚哉は何か大切なことを忘れているような気がしてならなかった。






◇◆◇◆◇






「ん…んんぅ…?」


「気付いたか、尚哉」



尚哉の目に最初に飛び込んできたのは郁渡の顔と、白い天井。


身を起こすと壁も真っ白だった。


もう朧気にしか覚えていないが、少し夢に見た状況と似ている。


だから無意識に白い部屋の夢を見たのだろうか。


「急に倒れたから驚いたよ」



そう郁渡に話し掛けられ、尚哉は思考を巡らすことを止めた。


いきなり倒れた上にぼんやりなどしていれば余計な心配をさせてしまう。



「ごめん…もしかしてお昼ご飯食べれなかった?」



シュンとなりながら尋ねる。


起きて自分のことばかり考え、そのことに直ぐに気付けなかったことを尚哉は恥じた。


あの時間に倒れたのだ、お昼休みが潰れてしまっても不思議ではない。



「いや、お前が起きたときにそうだったら気にするんじゃないかと思って養護教諭に許可取ってこの部屋で食べてたから大丈夫だ。それより、身体は?」


「大丈夫、どこも痛くないよ」



そう言って尚哉はベッドから降りて立ち上がろうとする。


だが上半身を起こしたところでふらつき、結局ベッドに逆戻りしてしまう。


寝そべっていたときには気付かなかったのだがまだ体調は万全ではないらしく、頭がくらくらする。



「こら、大丈夫じゃないだろ。無理してまた倒れた方が心臓に悪い。だから今はゆっくり休め」



身を起こしたときにめくれ上がった掛け布団を掛け直し、郁渡はそう言った。


その時、チャイムが鳴った。


尚哉が慌てて室内の時計を見ると六時間目開始のチャイムだったことに気付いた。



「ご、ごめん。授業始まっちゃった…」


「大丈夫だ、次は得意な現国だし先生に許可は貰ってるから」


「駄目だよ、途中からになっちゃったけど授業には出て。僕はもう大丈夫だから」



そう言って促すが、尚哉はあることに気付いた。


目の前がぼやけてきた。


不思議に思って目をしょぼしょぼさせる。


その様子を見て郁渡ははっとした。



「ああ、ごめん。寝かせるときに割れたら駄目だと思って眼鏡を外したんだよ。ほら」



その言葉と共に眼鏡を手渡された尚哉は受け取ってかけた。


最初は何故か違和感を持ったが次第にそれは薄れ、気のせいだと尚哉は思った。



「仕方ないな、授業に行ってくるよ。でもここから動くんじゃないぞ」


「うん、わかってる」



そうして尚哉は郁渡を見送り、再び眼鏡を外して眠った。






◇◆◇◆◇






話が一段落した藤谷と校長代理は保健室に向かっていた。


藤谷は先程から腕に痛みを感じていた。


実はほんの少し爪で引っ掻いたような跡から出血していたのだ。


人が集まって揉みくちゃにされた、行く手を遮る人をなぎ倒しながら無理矢理校舎に向かっていたときに付けられたのだろう。


その怪我を知ったお節介な校長代理がわざわざ保健室の前まで連れて来たのだ。



「私は忙しいから戻るが、中に養護教諭がいなければそのまま待ってくれるかね」



すまなさそうに校長代理が言う。



「大した怪我ではないのでどうかお気になさらずに」



内心は鬱陶しいと感じている藤谷。


そんな藤谷に気付いたかどうかわからないが、校長代理はにこやかに去っていった。


藤谷はそれを見送り、ガラガラとドアを開けたが養護教諭はいない。


ただ誰かはいるようで、ベッドの一つのカーテンが閉められている。


仕方なく藤谷はドアの脇にあるソファに座った。


そのまま十分程待つ。


だが人っ子一人来ない。


暇だった。


普段ならそんなことはしなかっただろう。


だが静かな寝息が聞こえ、寝ているようだったこともあって気紛れにベッドにいる人物を覗いてやった。


単にこいつは不細工だとか綺麗だとか暇つぶしの品定めでもしようかと思っただけだった。



「な…!?」



そこには藤谷には信じられない顔があった。


恐る恐るというように藤谷は少し顔にも掛かっている少年の掛け布団を剥がそうとする。



「あら、転入生の藤谷くん…ね?」



だがその行動は突如現れた人物によって遮られる。


藤谷は舌打ちをしたくなったが頼まれたことを遂行するために悪い印象を与えれば不利になるためそんなことはおくびにも出さない。



「駄目よ、休んでる子に悪さしちゃ」


「ご、誤解です。その…寝苦しそうだったので…」



食い入るようにして少年の顔を覗き込んでいた藤谷は成る程、今にも襲おうとしているようである。


動揺した振りをして養護教諭にも少年が見えるように少し動く。


地味顔の少年がそこにはいたので養護教諭も納得したようだった。



「あらあら、この子が保健室のお世話になるなんて珍しいわね。大丈夫かしら?」



独り言ちると養護教諭は少年の額に手をあてた。


藤谷はそれに心を乱されたが、早く離れろと思いつつもやはり何事もないようにそれを見る。



「貧血…かしら?」



どうやら熱がありそうか調べていたようだ。


ほっとしたような養護教諭を殴りたくなった。


次に養護教諭は藤谷を見たが、驚くような顔をした。


度重なる苛つきにそれが僅かに顔色に出ていたのだったが藤谷は気付かない。



「待たせてしまってごめんなさい。藤谷くんは何の御用かしら?」



それを待たされたからだと解釈したのだろう養護教諭は恐る恐る謝る。


藤谷の方も養護教諭が少年から離れたことで自然と落ち着いた。



「少し引っ掻き傷のようなものがありまして…校長代理がこちらに案内してくださいました」


「あらあら、しぃちゃんったら普段は冷たい印象を受けるのに心配性よね。特に藤谷くんぐらいの年の子に。いいわね、私は年のせいもあってあまり心配されなくって…」



半分愚痴のようなことを言いながら養護教諭は患部をちょんちょんと消毒をして絆創膏を貼った。



「はい、終わりました。利用者帳簿には私が書いておくからそのまま帰っていいわよ」



本当は少年に問いただしたいことがあって起きるまで待ちたかったのだが、そう言われてしまえば帰るしかない。


退室際に利用者帳簿を盗み見た。


そこに書かれている最後尾の名前を決して忘れないようにと声にせずに口ずさむ。



「御大事にね」


「はい、失礼しました」



藤谷は名残惜しい気持ちを振り切ってそこを去った。






◇◆◇◆◇






「川崎先輩っ」


「あらぁ、保健室では静かにしてね」



ばんっ、と勢い良く扉を開けて如月が現れた。


今日の授業が全て終了し、真っ先に保健室へ急いでやって来たのだった。


そこへ養護教諭が注意と共にそんな如月の頭を帳簿で叩いた。


如月はぐえっと声を上げ、本当に痛かったらしく涙目になりながらも養護教諭を睨む。


そのことで少し血走った目はいつもよりも極悪な表情を生み出したのだが、目の前にいる養護教諭には効かなかった。



「ほら、男の子なんだから我慢するの。決まりを守れない坊やが悪いのよ?寝てるんだから静かにしてね。それにそんなに怖い顔してると尚哉くんに怯えられちゃうわ」



最後の言葉には堪えたらしく渋々と如月は大人しくなった。


しかしベッドで寝返りにしては不自然な程、もそもそと布擦れの音がする。



「ん…?」


「ほら、起きちゃったじゃない」


「さっきお前が帳簿で叩いたせいもあるだろうが」



ぼんやりとした尚哉の意識がはっきりとしてきた。


そして最初に認識したのは恐ろしい形相の如月だった。


…それはもう、目が余程悪い人でもわかるくらい十分怖かった。



「ひぃぃっ!…痛っ」



尚哉は後ずさった。


しかし狭いベッドの上なのだ、柵のところで頭を打ってしまう。



「川崎先輩、大丈夫か!?」


「先生の忠告、無駄になったわね」


「黙れ、壱羅義雄ひいらよしお


義子よしこって呼んでって言ってるでしょ?悪い子にはお仕置きね」


「あ、あのぅ…」



言い争いが始まってしまい、尚哉はオロオロする。


それは郁渡が来るまで続けられた。






◇◆◇◆◇






「病人を困らせてどうする」


「申し訳ありません」

「ごっめーん」



郁渡は尚哉と如月・壱羅の間に入って叱った。


郁渡も今日の授業は全て終了し、そろそろ尚哉の体調も落ち着いていると良いなと思いつつ早足で廊下を歩いていると向かう先から言い争うような声が聞こえたのだ。


しかも聞き慣れた声だ。


その時点で嫌な予感はした。


急いで向かうと声の発信源はやはり保健室だった。


最近落ち着いてきたとはいえ、尚哉は不良恐怖症だ。


特に如月にはまだかなり怯えている。


さらに尚哉の体調が悪いことをわかっていて二人共がそんな状況にするのか。


郁渡は怒りで危うくドアを蹴破るところだった。


郁渡は謝る二人をくるりと尚哉の方を向いた。



「怒鳴り声とか怖かっただろ?おまけにこの二人は特別級だし。また体調崩してなくて良かったよ」



ほっとする郁渡に尚哉は目を丸くして首を傾げる。


果たして郁渡の言う通り怖かったのだろうか。


確かに困りはしたのだが…。



「やっぱり、気分が悪くなったんじゃないか?」


「ううん、そうじゃなくてっ。…だ、大丈夫だから!」



どうやら考え込んでしまったのを誤解したらしい。


如月に今にも殴りかからんばかりの郁渡の腕を小さく引っ張り、尚哉は慌てて止めた。


郁渡は素直にその訴えを受け入れた。


それにほっとしたのも束の間、尚哉はあることを思い出す。



「あっ、あの」



尚哉は如月から見て郁渡の後ろからそろそろと顔を見せた。



「きっきき如月くん。ししし心配してっ、くれてるのに…こここ怖がっちゃって、ごめ、ごめんなしゃいっ」



怖がったことを謝っているのに怖がっていたら意味はない。


普通ならそうだろう。


だが如月には伝わった。


決して如月本人に対して怖がっていないということが。


それなのに何故特に如月に怯えるかがわからないが今はそれでもいいか、と如月は気にするなと言うように尚哉の頭を撫でた。


その様子を微笑ましく見守りながらも、壱羅は机の上にある帳簿を手に取った。



「お詫びに利用者帳簿は私が書いておくわ。まだ書いてなかったでしょ?」


「あ、ああ。じゃあ、よろしくお願いします」


「あら、仁野くんがお願いなんて全身がむず痒くなるわね」


「先生…俺にまで喧嘩売るなんて本当にきちんと反省してるのか?」



尚哉の体調が良好になったことを確認し、兎に角ここにいてはストレスが溜まるだけだと早々に判断した郁渡は二人に退室を促した。



「あら、そうだわ。言い忘れるところだった。仁野くん、ちょっとだけここに残ってくれるかしら?」



三人が去ろうとして廊下を歩き出したところで壱羅は呼び止め、舌をペロッと出すと郁渡を手招きした。


郁渡は少し面倒だと思いながらも靴箱で待っていてくれと二人を先に行かせ、保健室に渋々戻った。


保健室のドアを閉め、郁渡と壱羅は二人っきりになった。


二人っきりと言っても甘いものではなく、どこか重々しい雰囲気だ。


耳を澄まして保健室付近の廊下に人がいないか確認した壱羅はやがて口を開いた。



「さっき俺がいない間に藤谷が来てた。俺のことは気付かなかったみたいだが……尚哉、見られてたぞ」


「なっ…まさか、もう?」


「尚哉が寝てたからって何もなかったとは言えない。寝言を聞かれたのかもな」


「わかった。用心しておく」


「頼んだぞ」



壱羅は尚哉とはあることから興味を持つようになり、会話を続けて親しくなったような仲だが気に入っている。


その『あること』は藤谷に気付かれてしまえば、尚哉は否応無しに平穏を乱されるだろう。


壱羅自身前々からそう思っていたのだが、何より今日校内に入った途端に起きた現象がこの学校での藤谷の影響力を示している。


尚哉と藤谷は同じ学年なのだから気付かれるのも時間の問題かもしれないが、それでもそれをなるべく先延ばしにしてやりたいと壱羅は思った。


一方、託された郁渡は今度こそ保健室を退室しようとドアを後ろ手で閉めると溜め息を吐いた。



「あの人の代わりなんていないってあいつに教え込まないとな……できるか、俺?」



しばらく扉を背にして自問した後、そのまま靴箱へ向かった。






◇◆◇◆◇






「もしかして僕を運んだせいで筋肉痛になってた…?」


「いや、尚哉に無理はさせるなって。本人に言えばいいのにお年頃の乙女は恥ずかしいとか言ってさ」


「そっか、明日お礼を言いに行こうっと」



呼び止められた原因は自分にあったのではないかと心配していた尚哉は郁渡が戻ってくるなり尋ねた。


それに対して郁渡は嘘を吐いていることをおくびにも出さずに答える。


尚哉は素直にそれを信じたのだが、如月はそうではないらしく明らかに疑うような目で郁渡を見ている。


如月は壱羅のことを知っているのだ、無理はないと郁渡は思った。


それについては後で話すとアイコンタクトで訴えると如月も郁渡を見るのをやめた。



「それより、明日校内放送で臨時全校朝会があるんだって。何でも転入生の紹介らしい。仰々しいよな」


「じゃあ、全校朝会の時間までに来ないといけないんだね。教えてくれてありがとう」



明日の全校朝会が何を意味するのか…。


未来を知る術がない三人は運命の岐路の始まりであることに気付かない。


刻一刻とその時は迫っていった。

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