ある少女と少年のエピローグ
※アテンション※
この物語の全部は全部フィクションです。オールフィクションです。
同姓同名の人物が現実に居たとしてもこの世界とは全く関係ないですし、誰かが真似をしたって取り返しがつかないだけで、私こと箱猫には責任取れません。
自殺とか婚姻届けの偽造とかイジメとかその他とか、少しでもやってみたいなぁとお考えの方は、その考えを改めてこの作品の閲覧はご遠慮ください。
20XX年某日 某飲食店 22:00
「もう直ぐ…です。」
人も疎らな空間で、少女が呟く。
「…今回も駄目、か。」
そんな少女の声に応える様、少年は笑顔で口を開き、残念と言った。
「もう諦めたらどうですか?」
「嫌だよ。君以外考えたくないし。」
名門女子校の制服と、有名進学校の男子用制服に身を包んだ二人組は、特に表情も変えることなく、話をした。
「私は、きっと貴方を愛せませんよ。」
「構わないよ。その辺はもう譲歩する。」
「私は貴方が嫌いなだけです。これだけ一緒にいて何も変わらないんじゃ、不毛なだけですよ。」
「君は何時も逃げてしまうから。変わる物も変わらないよ。」
「じゃあ、そろそろ私を一人にしていただけませんか?私を愛しているなら。」
「勿論、君が俺のものになるならいつでも良いよ。」
あぁこんな会話すら不毛ですね。と少女が言う。
僕らは不毛しか生み出さないのさ。少年は言った。
テーブルに置かれた珈琲の水面に、二人の顔が移る。
「…確かに貴方はとても魅力的な方です。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「容姿端麗にして文武両道。そして行く末はIT企業の社長。これほどの方はそうそういないでしょう。」
でも、と少女は言葉を切る。少年の表情を伺うように。
相変わらず、少年の顔は笑顔だった。
「その中身が気に食いません。笑顔の下が真っ黒な所が。あの手この手を使って手に入れるつもりでしたか?お生憎様、私はそのせいで学校中で除け者ですよ。それともこれも策略?一人になった寂しさから貴方に依存するとでも?」
「君は本当に攻略し難いね。今までこの手法にオチなかった女は居ないのに。」
「卑怯ですね。」
「僕はね、好きになってもらうより依存される方が好きなんだ。僕なしじゃ生きていけないなんて最高に可愛いじゃない。攻略しにくいなら尚更可愛く感じるんだ。」
少年はティースプーンで珈琲をかき混ぜミルクを入れる。
ミルクが渦を描いて、消えた。
「私、珈琲はブラック派なんですよ。」
「失礼したね。」
「ワザとでしょう?」
「まさか。」
少女は白いミルクの入った珈琲を手に取り、そのまま飲み干した。
「どう?」
「不味いです。やっぱり珈琲は好きになれない。」
「それは残念。」
少女はコートを着込み鞄を持つ。
「帰ります。」
「貴重な時間ごちそうさまでした。」
「珈琲ごちそうさまでした。さようなら。」
「最後に一つ。俺は深遊ちゃんだけは本気で好きだから。それだけは知っておいて。」
「……さようなら。」
少女が店を出ていくとき、少年はただ一言、またねと言った。
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翌日 濱ノ見高等学校 3-A 08:29
「なぁ見ろよこれ!『女子高生自殺、原因は陰湿なイジメか』だってよっ!」
「ふーん…。」
「えっと…『今日未明、市内に在住の仲野深遊さん(15)の遺体が、自宅のアパートの風呂場で発見された。
第一発見者は深遊さんの母である仲野真由子さん(48)。
深遊さんは病院に運ばれたが既に死亡していた。』」
「…で?」
「次だよ次!『深遊さんの自室には遺書が残されており、内容にイジメをほのめかす文章が書かれていた。
警察の調べに対し深遊さんの通う咲朔女学園の校長は、イジメの事実を否定している。』
だってよ!咲朔女学園ってあの女子校だろ?女ってこえーよなぁ…。」
「…それだけか?」
「んだよー!少しは空気読んで怖いの一つや二つ言えよな!!」
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某日 某所 21:47
「私、今日死にます。」
何をとち狂ったのか、私は彼に電話をかけた。
無理やり登録された携帯の番号は使わないと決めていたのに。
まったく、人生最後会話する人物をこの男にするなんて、私もどうかしている。
『…そう。』
「狼狽えないんですか?」
狼狽えたら電話切ろうと思ったのに。
『狼狽えたら切るんだろ?折角の君からのコールを自分で無駄にするなんて愚かだよ。』
…どうやら考えは読まれていたらしい。彼は特に興味の無さそうな声で言った。
『で、死ぬとは不穏な話だけど、何で?』
「無難に手首を切って。ガスは周りに迷惑かけますから。」
『なるほど。飛び降りや首吊りだったら全力で止めるけど。』
「苦しいのはごめんですからね。最期くらい、楽に死んでも良いじゃないですか。」
『……じゃあさ、その前に俺とお茶しようよ。近くの喫茶店、12時まで開いてるから。』
先に行ってるねと言われ一方的に電話を切られる。
…今何時だと思ってるのかしら。もう直ぐ10時よ。有り得ない。
「………。」
私はお気に入りのコートを羽織り家を出る。
親はテレビに夢中で、私が家を出たことにはまったく気がついていなかった。
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翌々週 市内霊園 10:22
…本当に死んでしまったんだと思った。
自分でもちゃんと理解しているわけではない。ただ、彼女の死という事実は俺に多大な打撃を与えたのは確かだった。
「まったく…お墓の場所くらい教えてくれても良かったじゃないの。そんなに俺が嫌いだった?」
彼女に似合う花を供え、墓石に話しかける。
平日の朝とも昼ともつかない時間、今日という日、学校なんかで潰されたくなかった。
「…お誕生日おめでとう。後少し待っててくれたなら結婚できたのにね。」
ポケットから取り出したのは、偽造した婚姻届。これを役所に出せば、俺と彼女は晴れて夫婦だ。
「やっぱりもうちょっと真剣味が足りなかったのかな。俺は本気だった。それは嘘じゃない。今までだって好きだったし今だって好きだ。それは変わらない。君はまったく信用してなかったみたいだけどね。俺は君のそんな真っ黒でひねくれた所も好きだったけど、君は気に入ってはくれなかった。とても残念だよ。」
自殺の原因は、遺書に書かれているのとは違う。
正確にいえば、ちゃんと汲み取っていたのは俺だけで、遺書に書いてある内容は正しい。彼女は、イジメを苦に自殺したのだ。
俺に付きまとわれるという精神的苦痛に耐え切れなくなって。
同族嫌悪、というやつだろうか。彼女は僕を毛嫌いしていたっけ。一方方向にしか向いていない矢印では、あまり意義のある会話は成立しなかった。
彼女との行動全てに意義を見出したりはしない。意義なんていらない。
その行動に意義を求めるということは、つまりその行動に大した愛着がないということ。
意義がなきゃ、行動できない。その程度の事。
俺は彼女といれるならそれでいいのだ。
他にどんな不利益を被ったって、構いやしない。
「ねぇ、君は俺といて、楽しかった?」
楽しくありませんでしたよ。なんて返ってきそうで、少し期待した。…馬鹿馬鹿しい。
「君を止められたら良いと思ったんだ。」
止められたらいい、それは漠然とした祈り。望み。
無理でも、願わずにはいられない。
「まぁ、俺の性格上無理だったけどね。」
止めるなんて俺らしくもないこと、君は嫌がると思ったんだ。
「…もしかして止めてもらいたかった?だから電話をくれたの?」
初めての君からの呼びかけ、それは死の予告だったけど、嬉しかった。
「それなら、ごめんね。」
急に風が強くなった。まるで彼女が俺を追い返そうとしている様に。
「最期の最期まで、俺を嫌うね君は。」
喫茶店でもそうだった。何時もあの場所で口説いてるのに、君は全く心を許さない。あの時も結局駄目だった。
「そんなに嫌がるなら帰るよ。君の機嫌は絶不調みたいだしね。」
実際そうだったら寂しいけど、なんとなくそんな気がした。
「またね深遊ちゃん。」
柄杓を桶の中に入れて片付ける。そして俺は深遊ちゃんに別れを告げた。