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3/懐古と現状と

「ぶっちゃけ、アンタのせいよ」

「挨拶も無いのに御挨拶だね」

 放る様なキルシェの言葉に、伽藍の堂の主――藤堂鼎は答えた。

 洋館の雰囲気に合わせたアンティーク風の椅子に、同じ意匠の机。その上にはウィスキーボトルとグラス、水とロックアイスが置かれ、キルシェと鼎は対面で座っていた。

 鼎はゴシックドレスを着込み、その口元に微笑を浮かべている。その派手なドレスは、特に礼装の意味合いがある訳でもなく、ただ単純に趣味で着ている様だ。この洋館に軟禁されているも同然の鼎は、楽しみが少ない事もあるのだろう。

 しかし、着飾る事を楽しんでいるであろう彼女の容姿には、一点だけ奇妙なところがあった。

 目隠し。

 鼎は視界を閉じていた。

 彼女は特に眼が悪い訳ではない。その顔が醜い訳でもない。だがそれでも、彼女は世界を見る事を封じなければならない理由があった。

 そして、その理由をキルシェは知っている。

「御挨拶なんてよく言うわ。グノーシスの貴女なら、ワタシの一言で大体の事が解るでしょ」

「それでも久し振りに会ったんだから、会話を楽しむ事ぐらい構わないじゃないか」

 気怠そうに言うキルシェに、鼎は眉を下げて困った様に苦笑した。

 鼎の持つ能力――〝天啓の万象(グノーシス)〟は、簡単に言えば『識る』事が出来る。己で見聞きしてはいない事でも、ヒトの知覚能力を超えた枠から世界を視る事が出来るのだ。

 キルシェの言う通り、ただの一言でその繋がりを辿って、大まかに事の核心を落としてしまう。藤堂鼎という女は、凡そ全てを知っている存在であり――故に、世界を殺す可能性(シークレット)でもあった。

 鼎をそうさせたのはキルシェだ。十二年前に彼女を巻き込み、そして媒介者(ベクター)となった彼女自身から自由を奪う事を頼まれた。

(負い目……なのかしらね)

 鼎は過去の事を全く気にしていない。好きだと語る世界から、全てを愛している世界から、己を禁としなければならなくなったのに、その原因の一端である筈のキルシェに何も言わないのだ。逆に『何を気にしてるんだい?』と理解されない始末だった。

 だがそれでも、どうしても、キルシェは鼎相手に対等な関係を築く事に、心理的に抵抗を抱いてしまう。そのせいか、どっち付かずでぶっきらぼうな態度を取りがちになっていた。

 キルシェはグラスに大きめの氷を三つ放り込み、ウィスキーを注ぎながら言う。

「殺されるわよ、このままじゃ」

「心配は無いよ、このままで」

 鼎の泰然とした物言いに、キルシェは眉を顰めながらグラスを口元に運ぶ。鼎もグラスにウィスキーを水と一対一(トワイス・アツプ)で注ぐと、一口飲んだ。

「解ってんなら教えなさいよ。そもそも何でアンタの存在が感付かれたのか。原因はそっち以外に考えられないのよ」

「以前、ちょっと人殺しの子と関わってね。その子が、その月見君と接触したみたいだ」

 ところで、と鼎は言う。

「月見君が私を殺したがっている事は解っているけど、その理由が解らないんだ。彼女はどんな子だったんだい?」

「どんなって……可愛かったわ、血を吸わせて欲しいぐらいには」

「君のカーミラ的私見は要らないよ。そんな事を言っているから恋人が出来ないんだ」

 うっさいわねー、とキルシェは鼎から目を逸らす様にグラスを呷る。

「ワタシには恋なんてモノは無いのよ。生まれた時から研究所(ラボ)のモルモットだったんだから、人並みなもんを持ってる訳が無いでしょ」

 グラスに新しくウィスキーを注いで、キルシェはまた一口含む。それに合わせて鼎は言った。

「けど、君の初恋はその研究所(ラボ)の研究員だね」

 キルシェは咽せた。

「な、な、な、何をいきなり言ってるのよっ」

「あれ? 違ったかな」

「合ってるわよ! 合ってるけど何で知ってんのよ!?」

 あぁ、失礼、と鼎はふと思い至った様に言う。

「どうもお酒が入っているせいか、知っている事と識った事がごちゃごちゃになってるみたいだ」

「赤くもない顔でよくそんな事が言えたわね!」

 キルシェは怒った様に言った後、溜め息を一つ吐いた。彼女は疲れた顔でシガレットケースを取り出すと、煙草を一本咥えて火を点ける。深く吸い込み燻らせ、静かに吐き出された紫煙に乗って辺りに桜桃(さくらんぼ)の香りが広がった。

 それを嗅いだ鼎が懐かしそうに言う。

「相変わらずだね、その煙草も」

「ん? あぁ、そうね。もう四十年ぐらいこれを吸ってるかしら」

「私と遇った十二年前よりも前だね。あの頃と違って、私は大人になったけど、キルシェさんはずっと同じだ」

 変わらないね、と鼎は言う。

 変わんねーわ、とキルシェは言った。

「まぁ、恋の仕方も変わらずに乙女なままみたいだけど。幾らまともな少女時代が無かったからって、いつまで引き摺るんだい?」

「死ぬまで引き摺ってやるわよ畜生!」

 自棄っぱちである。

 さて、と鼎は間を執り成して言った。

「キルシェさんはとどのつまり月見君の事は何も解らないみたいだね」

「当たり前よ。殺し合っただけなんだから」

 三年前の記憶を探っても、キルシェに思い出せる新鷹月見の印象は殆ど無い。ただの少女だった月見が、巻き込まれる事で媒介者(ベクター)としての能力(ちから)を手にしてしまい、それがその場に居た誰よりも強いものだったというだけ。

 少女のした事は少ない。燃やしただけだ――感情と理性で、怒りと意志を。

 キルシェはそれに相反して気に喰わなかっただけなので、特に何かを知っているという程の事は無い。寧ろ何も知らない。

「あの後、ツキミがどうなったかなんて尚更ね。想像しようとも思わなかったもの」

「成る程。月見君が私を狙うに至る理由なんて、知る由も無いね」

「その通りよ。ところで灰皿無いかしら?」

 キルシェは灰が落ちそうになっている煙草を見せながら鼎に訊く。

「あぁ――済まないけど、空いたグラスにでも入れといてくれないかな。今違うグラスを持ってくるよ」

「いいわよ、この一杯で終わりにするわ」

 キルシェはそう言うと、グラスの残りを一気に飲み乾す。そして空になったグラスに灰を落とすと、水に浸かって音を立てた。

 その、火が消えた瞬間。

「――そうか、全燔祭(ホロコースト)だったか」

 鼎は、納得した様に短く言った。

「は?」

「いや、月見君の能力の名は〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟だったね」

「そうよ。それがどうかしたのかしら」

「そうだね……彼女が私に繋がる理由が解ったかも知れない。だから殺人鬼の彼からの情報だけで、私を殺そうと決心したんだろうね」

「全っ然、話が見えないわ」

 不満そうに言うキルシェだが、鼎が物を見ている位置は明らかに自分と違うので、半ば呆れに諦めを混ぜていた。

「ツァラトゥストラは斯く語りき、という事だよ。彼女は一人で神の特定にまで辿り着いたんだろうね。うん、面白い」

「何言ってんのかちゃんと説明してほしいわー」

「多分、月見君は私と話をしようとする筈だよ。殺すのは確認が取れてからだね」

「あぁ、もういいわ。結論だけでいいわ、勝手にして」

 もうまともに鼎の言っている事を聞く気が失せたキルシェは投げ遣りにし始める。その隣で、鼎は思い付いた様に言った。

「そうだ、お茶会を開こう」

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