♥突然の雷鳴
次の朝は皆、悲惨な状況で台所に集まって来ました。
「くぅ~いてぇ~~」
田中が全身の痛みを訴えます。夏子も南も同じで、無事なのはリンダだけでした。要するに、筋肉痛に襲われた訳なんですが、こんな痛みは皆、初体験です。
学校での体育の授業意外、目立って体を動かさない性で慢性的に運動不足。そんな人間が、いきなり力仕事をしたのですから、筋肉痛にも成るでしょう。
「はい、これ、結構効くから、塗っておくと良いわ」
そう言ってリンダはメンソールの香りがする痛み止めのスプレーを夏子に手渡しました。
それを全員で使った物ですから、台所は、メンソールの香りで溢れかえります。ミルおじさんが台所に来て、その香りを嗅いで苦笑します。
「わしも、この仕事を始めた当初は、そうじゃったよ。筋肉痛が辛くてのう」
鈴木が痛み止めのスプレーを振りかけながらミルおじさんに尋ねました。
「しょうがないから、その前日以上に仕事をしたよ。兎に角慣れる為にね」
南がそれに関して蘊蓄を披露します。
「筋肉痛って言うのは、筋肉の筋が過重に耐えきれなくて何本か切れて起こる現象だ。それが繰り返されて筋肉が増えるんだ。だから、痛いのは我慢しろ」
と、言いましたが、南は昨日力仕事は殆どして居ません。コンバインの運転を日がな一日してましたので、体は殆ど使ってない筈なのに、mなと同じく筋肉痛に襲われています。どんだけ運動不足なんだか。夏子はそれが心配に成りました。
今日は昨日と入れ替えで、三人組が麦刈と麦藁集め、南、夏子、リンダが牧場の仕事です。
牛の世話は、地味に忙しい作業です。放牧したり、牛の体を拭いたりマッサージしたり、殆どの作業が人海戦術なので作業は大変です。牛達はボスが誘導するので、放牧自体は楽と言えば楽なのですが、問題は、その他の雑用でした。
牛の扱いに関して、南はおっかなびっくりでした。人間とのコミュニケーションがすら苦手な彼ですので、言葉の通じない動物などはかなり厄介な、奴らでした。どうやってコミュニケーションを取った物かと考え込んでいますが、ここでも、やはり女子の方が状況をふっ切ると言うか、順応すると言うか。夏子は牛に好かれるタイプなのでしょうか、何故か、夏子の言う事を牛達は良く利きます。夏子は何故か満足している様でした。
「私、この子達に好かれてるのかな?」
何故か分りませんが、夏子が牛達に囲まれてしまいました。その輪の外には、ボスがちょこんと座っています。ひょっとしたら、彼のサービス精神だったのかも知れません。
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暗く低い雲が農場全体を包み込みます。雷鳴は低く唸り、空気が強張っている様な表情を見せています。
「夏子、南、なんか通り雨みたい、一旦戻ろう」
リンダの指示で三人は揃って母屋に向かって非難しました。何も無い平らな土地です。雷は何処に落雷するか分りませんから、避雷針の近くに有る母屋に避難するのが一番の安全策です。
空を覆う雲は、地上をも飲み込むのではないかと言う位、低く広がって行きます。まるで、映画の一場面を見ている様な光景でした。
「ああ、リンダ、大丈夫だった?」
母屋に入るとメイおばさんがリンダ達を迎えてくれました。
「通り雨じゃな。今日はこれで仕事は終わりだ。後は明日にしよう」
ミルるおじさんがそう言って台所の方に向かってゆっくりと歩いて行きました。
夏子達五人は『雷雨』と言うのを経験した事が無い様でした。地球はほぼ完全に気象管理が行われていて、エアコンが効いた部屋にでも居る様な感じですから、雷等、生まれて子の方遭遇した事は有りません。皆これから何が起こるのか、興味深々、窓の外を眺めます。
土埃の香りが辺り一杯に広がるのとほぼ同時に、バケツをひっくり返した様な雨が降り出しました。
穏やかだった農場の風景は一変して荒々しい様相を見せ始めます。南達は、窓の外をじっと見つめています。こんな激しい雨を見るのも生まれて初めてでした。そして、地球の気象管理システムの不況理を改めて感じました。
「凄いのね…」
コーヒーカップを両手で包み込む様に持った夏子が呟く様にそう言いました。
「これが、本物の雨」
南もこの光景に言葉が有りません。自然の咆哮は圧倒的で神々しくも有りました。地球では失われた原風景、雷鳴はずしんと腹に響きます。




