愛の力って偉大だわ。不貞が殺人の次に重罪な異世界へようこそ、クズ夫様 【9/30加筆】
9/30 一部文章改稿ました。ストーリーは変えていません。
人類を脅かす魔物の侵入を防ぐために、彼女が『聖女』として召喚されてから早一年。
その日、大陸の上空は白、黄、青、赤、様々な色の数多の魔法陣に覆い尽くされた。あまりに美しく荘厳な光景に人々が聖女へと感謝の祈りを捧げる中、魔法陣は黄金色の輝きを放ち空に溶け込んで消えていく。
こうして、数々の試練や困難を乗り越え、この大陸を守護する結界を張り終えた聖女は、本日ついに日本へと帰還するはずだった。
白いローブを纏った五人の魔術師が囲むのは、青白い光を放つ魔法陣。光は次第に輝きを増し、召喚の間を包み込む。
輝きがゆっくりと霧散すると、魔法陣の中心にはひとりの――ひと塊の人間の姿。
それは、一糸纏わずあられもない体勢の男女だった。
「どうして、二人揃って召喚されちゃうかな……」
青みがかった黒髪の隙間から心底汚いものを見るような目を向けつつも、その声はどこか楽しさを滲ませている。
「申し訳ございません、聖女様。召喚術発動時にその、あの……えー、お二人方の体の一部分が非常に密接で濃厚な結合中だったたため『ひとり』と認識されてしまったようでして……」
筆頭魔術師が薄過ぎて破れかけたオブラートに包んで応える声は、尻窄みに小さくなっていく。
「あ、ごめんなさい。宮廷魔術師の皆さんを責めているわけではないの。纏めて処理した方が手間もかからないですし、ちょうどよかったのかもしれません」
相変わらず楽しそうな聖女の隣で王妃は、さも不快と言わんばかりに眉をひそめ扇で顔を隠す。顎髭を蓄えた国王と宰相が揃って顔をしかめ気まずそうに顔を反らした。
壁際の若い文官が何人かあまりの破廉恥さに、顔を真っ赤にして直視してはならないと視線をさ迷わせている。
国王が「ゴホン」とわざとらしい咳払いをひとつした。それを合図にしたかのように控えていた騎士たちが、無表情のまま塊を強引に半分に引き剥がして、それぞれに自らが纏う深紅のマントを被せる。
男は無我夢中で貪っていた自分の上に乗っていた女と無理矢理引き離され、マントを被せられたことでここが見知らぬ場所で大勢に囲まれているとようやく理解した。
先ほどまで白いシーツの海で柔らかな肌を堪能していたはずが、石畳の冷たい床の上にいて、周囲には金や銀の髪の見知らぬ異国の者たちの姿。男は半ばパニックを起こして喚き出す。
「な、なんだここは!? 誰だおまえら! コスプレか?」
「久しぶり! ねえ、その女、だあれ?」
塊の片割れ――乱れたままの黒髪の男に向かって投げかけた聖女の声の質が変化した。声色は楽しげだが、感情を削ぎ落とされた硬質な響き。
「え、おまえなんで……? まさか、ここは――」
視線の先に佇むのは、装飾も刺繍もない白い絹のシンプルなドレスに身を包んだ妻の姿だった。
唇は柔らかな微笑みたたえているが、その瞳は冷たく男を見据えている。
光のない黒い瞳に射抜かれ自分がどういう状況か思い出した男は、慌てて隠しきれていない体にマントを手繰り寄せた。
「何、浮気してるの? 私、一年後に日本に戻れるって伝えたはずよね?」
聖女として召喚された直後、一度だけ家族と連絡を取ることができたのだ。その際、『異世界に召喚されたけれど、一年後に帰れるから信じて待っていて』と夫である目の前の男に伝えていた。
「だって突然、君がいなくなって寂しかったんだ。 そ、それにいきなり鏡の向こうから話しかけられて、もう訳がわからないし、それでもずっとひとりで耐えてきたんだよ?」
わざとらしく眉尻を下げて訴える男の額には、うっすらと汗が滲む。
「ふうん? 寂しかった? ずっと耐えてたねえ? そのわりには、私がいなくなって三日後には連れ込んでたじゃない、結婚前からお付き合いしてた職場の後輩ちゃん」
「……は? なんで知って……」
聖女は男を無視して後ろを振り返ると、侍女が差し出した水晶を両手で受け取った。
両手に収まる水晶が、石壁に向けて虹色の光を放ち映像が投影される。
次々に映し出されるのは、裸の男女が交わる不適切な映像の数々。
気分を害した王妃が「おぞましい」と蔑んだ視線を残し退室してしまう。王妃付きの侍女が慌てて後を追いかけていった。
召喚の間がにわかに騒然となるが、なおも映像は続けられていく。
『アイツ、貯金が趣味だから金づるになると思って結婚してやったんだ』
『ははは、ATMだ!』
『奥さんは?』
『あー、なんかよくわからないけど、一年留守にするってさ』
『一年後まで毎日イチャイチャできるの? 奥さんと結婚しちゃってから、週一しか会えなくなって寂しかったんだもん、嬉しい!』
『ねえ、奥さんよりアタシのこと好き? 愛してる?』
『当たり前だろ? 世界で一番愛してるのは、おまえだけさ』
『もう、どこ触ってるのよ。エッチ!』
自らの恥態が晒された男が、羞恥から逃れようと一心不乱にぶんぶんと頭を左右に振り乱す。
「私がいなくてもちゃんと生活できるか心配になって、コレで見てたの。私、傷ついたのよ? 親のいない私にとって、たったひとりの家族なのにあっさり裏切られて」
聖女の淡々とした言葉に男は呆然となるしかない。
『これからは、俺が君の家族になるよ』
夕陽に染まった展望台で、誓った言葉が脳裏に甦る。細い薬指にプラチナの指輪を嵌めた、あの日の記憶。
あのプロポーズに偽りはなかった。
華やかな結婚式など挙げなくても、二人の愛は確かなもの。
例え、彼女以外にも付き合っている女がいたとしても、男は真剣だったのだ。家族になれば、財布がひとつ増えるのだから。
「よくわかんないけど、彼をひとりにした奥さんが悪いんでしょー? アタシは奥さんがいなくなって寂しいっていう彼の孤独を埋めてあげただけ」
この異様な状況に動じることがないのは、肝が座っているのかそれとも、ただ単に頭が悪いのか。
それまで黙ってやり取りを見ていた茶髪の女がどこか勝ち誇った笑みを浮かべて口を開いた。マントを引きずりその隙間から腕を突き出し聖女を指差す。
先程までベッドの上で愛を確かめ合っていたはずが、一瞬で見知らぬ場所で見知らぬ人間たちに囲まれているのだ。恐らく後者だろう。
「私が召喚された国はね、日本と違って不倫は殺人の次に重罪なんだって。だから、私の帰還術を貴方用の召喚に書き換えてもらったの。だって日本じゃ、たいした罪にならないじゃない?」
この国において、一夫一妻制は絶対だ。例え国王であっても側室や愛妾を迎えることは許されない。世継ぎに恵まれなければ離縁し、新たな妃を迎えるのが習わしとされている。
彼らにとって不貞とは許されざる行為なのだ。
「いや、待ってくれ、話し合おう。な? 俺たち日本人なんだからさ、話せばわかる、話せば……!」
男は、今まさに修羅場の真っ只中にいる。
ただの不倫じゃないか。それが殺人並みの重罪なんて冗談じゃない。男の生存本能が必死に回避方法を模索しはじめた。
「話し合うなら夫婦二人でどうぞー? アタシ明日ヘアサロン予約してるし、帰りたいんだけど」
興味なさげに茶色の髪を一束掬い上げて毛先の枝毛を探す。
どこまでも不遜な態度に国王が「この女は魔女の類いか?」と思わず呟いた。国王の言葉に騎士たちは一斉に剣に手を掛け、魔術師たちは杖を掲げ警戒態勢となる。
「二人とも、もう二度と日本に帰れないから。召喚術は百年に一度きり、一往復分しか使えないのよ。残念でした」
「は? 何よそれ、冗談じゃないわ!」
「帰れない……だと!? おい、ふざけるなよ!」
「うるさい、黙って」
ずっと絶やさなかった微笑みをスッと消し去ると、聖女が二人に向かって手を翳す。目に見えない空間の揺らぎが、口汚く喚き続けている二つの口を音もなく塞いだ。
「…………!」
「………………!?」
途端に口は開くのに声が出せなくなってしまう。
言葉を失った恐怖に身振りで抗議する男。動くたびにマントがめくれるが、気にする余裕はない。
女は喉に手を当て必死に音を吐き出そうとして、嘔吐いてしまい涙目になった。
魔法という目に見えない力をはじめて我が身に受けた恐怖に、二人の顔色がみるみる色を失っていく。
「不倫は重罪だって言ったよね? 既婚者だと知っていて関係を持ったんだから、当然あなたも同罪。わかる?」
ようやく自分の置かれた状況を理解し、青ざめる女の瞳から涙が一筋こぼれた。それは、後悔の涙か嘔吐いた名残か。
「ふうっ。さてと、それじゃ後はお願いします」
大きく溜め息をついた聖女が、隣の宰相に向かって朗らかな笑顔をみせる。
「ええ、お任せください。我が国の救世主である聖女様の伴侶でありながら、不貞を働き聖女様を傷つけた罪は重い。……本来ならば極刑だが、そなたらの不貞が聖女様の原動力となり、歴代最強の結界を張っていただけた。そのことを踏まえ、奴隷紋を刻んだ上で、北方開拓地での終世労働を命ずる」
宰相は知っていた。
召喚されて間もない聖女が夫と会えないことで気落ちしていたことを。そんな彼女によかれと思って手渡したのがあの水晶だったのだ。
しかし、その結果があのような醜悪なものとは、宰相にとっても想定外。まさに青天の霹靂だったであろう。
かすかに震える聖女の背中に掛けられる言葉は、何もなかった。
「貴方たちが私が買ったベッドで抱き合うたびに、怒りで魔力が増したの。お陰で結界を張るための百年に一度の召喚も、向こう千年は必要ないんですって。私も明日の式典で史上二人目の『大聖女』を襲名することになったし。ふふふ……ほんっと、愛の力って偉大だわ」
笑顔を浮かべているはずなのに、聖女の周囲の温度がじわじわと低くなる。城の外は真夏の盛りだが、召喚の間にいる者たちの吐息が白くなりすぐに消えていく。
男は真っ青になって必死に頭を下げた。血が滲むくらいに額を床に擦りつけ、ただ許しを乞う。
女は白目を剥いて後ろへ倒れ込んだ。そのまま騎士に小脇に抱えられて運ばれていった。
続いて引っ立てられる男に向かって聖女が「ちょっと待って」と声をかける。
もしかしたら、許されるのだろうか?
男が淡い期待を抱いて聖女を見上げた。
歩み寄る聖女が、右手の指をパチンと鳴らすと何もない空間にどこからともなく白い紙が現れる。
「魔力が高くなりすぎてさすがに人間は無理だけど、ちょっとした物なら日本からお取り寄せできるようになったの」
期待に満ちた瞳が、差し出された紙が何か理解して絶望に染まった。
真っ白の紙に緑色の線。
「これに名前を書いて。ここは異世界で提出はできないけど、最後にケジメくらいはきっちりつけてもらわないと、ね?」
震える手を聖女に取られる。その手は氷よりも冷たかった。いつの間にか握らされたボールペンが、ガタガタと震える男を無視して意思を持って男の名を綴っていく。
「証人欄は国王夫妻にお願いするわ。これから、大変になるだろうから、慰謝料は請求しないであげる。それじゃ、元気でね――って、元気ではいられないか。ま、どーでもいいけど」
騎士が羽交い締めに拘束し、三人がかりで連行されていく。男は深紅のマントがはだけ、裸体が無様に晒されるのも構わず身をよじって抵抗する。色を失った唇が、無我夢中で聖女の名前を呼んで『ゆるして』『たすけて』と無言の叫びを上げ続けた。
救いを求める男の左手の薬指に輝くのは、夕陽色の誓いの証。
必死に伸ばされた指に煌めく指輪を、聖女は一瞬だけ視界に留めた。
あら、紛い物の愛のくせに、後生大事にしていたのね。
果てしなく慈悲深い微笑みを浮かべて、ひらひらと手を振り男を見送る聖女の姿は、神々しさすらある。
左手の薬指には指輪の跡が、まだうっすらと残っていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
朝、歯を磨いていたら浮かんだのが、光る魔法陣の中心にひと塊の男と女の場面。
そこからはじまるキレキレ聖女のクズ夫へのざまぁ。
勢いに任せて書いてみました。
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