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魔族大学では接客バイトが必修です。外界は理不尽なので。  作者: 鳳梨亭ほうり


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6/6

6話

※最終話です

外界実習、最終日。

喫茶店の前で、ビューは深く息を吸い込んだ。


(今日で最後か……

 長かったような、短かったような……)


胸の奥の“怖さ”は、まだ完全には消えていない。

けれど、以前とは違う。


(境界線を張れば……僕は壊れない)


教授の言葉が、背中をそっと支えてくれていた。



開店してすぐ、いつものスマホを見たまま注文するお客さんが来た。


「カフェラテ、アイス。氷すくなめ」


今回も一度も目が合わない。

以前なら、胸がざわっと波立ったはずだ。


しかし今日は──


(この人は僕を見てないだけ。

 敵意じゃない。“外界の仕様”)


落ち着いた声で復唱すると、客は無言で去っていった。


(……大丈夫。前よりずっと……怖くない)


胸の傷が、ひとつ分だけ軽くなる。



昼前。

スーツの男性が、入ってきた瞬間から不機嫌気味だった。


「時間ないんだけど!?」


以前のビューなら、萎縮していた。

でも今日は違う。


(“時間がない”という感情に支配されてるだけ。

 僕個人への怒りじゃない。

 災害の通り道に、たまたま僕が立ってるだけ……)


ユイが横で心配そうに、でも柔らかな視線でこちらを覗いてくる。

『大丈夫だからね、落ち着いて』と、聴こえる気がする。

その声に支えられ、ビューは正確に対応した。

男性は無言のまま商品を受け取り、嵐のように去っていく。


……風だけ置いて。


(本当に……怖くない……)


胸の奥があたたかくなった。



午後。

ドアのベルが鳴った瞬間、心臓がひときわ強く跳ねた。


……笑顔の“あの女性客”だった。

注文の復唱ミスを指摘し、努力不足と笑顔で刺してきた客。


(来た……でも、大丈夫。

 今日は“線を引く”って決めてる)


呼吸を整え、ビューは落ち着いた足取りでカウンターに立つ。


女性は以前と変わらず柔らかい笑顔を浮かべていた。

その笑顔が、今日はなぜか以前ほど怖くない。


「すみません、今日も同じものをお願いね」


柔らかな声。

しかしその裏には“微細な圧”が確かに潜んでいる。

だが、ビューは胸の内でゆっくり言葉を置いた。


(これは僕に向いた攻撃じゃない。

 ただ、その人の“習性”なんだ)


声は落ち着いていた。


「かしこまりました。

 こちらのカフェモカとスコーンでよろしいでしょうか?」


ビューは、しっかりカフェモカを指さし、女性の目を見て復唱した。

言葉だけでなく、視線でも確認する。

教授の言っていた「境界線」を意識した確かな動作。


「ええ、そう。それでお願いね」


以前のような“試す圧”が薄まり、ただの確認のやり取りに変わっていった。

女性は満足そうに頷いた。それで終わりだった。


胸に痛みは……ない。


(そうか……

 この人の評価は、僕の価値とは関係ないんだ)


胸の奥に、しんと穏やかな温かさが広がった。



閉店前。

店長がビューの肩を軽く叩いた。


「ビューくん。

 ……今日、ずいぶん落ち着いてたな!」


「え、そうですか?」


「うん。なんつーか……“こっちの空気に飲まれなくなった感じ”。

 最初の頃とは、全然違うよ」


照れくさくて、少し笑ってしまう。

店長はお店で沸かしたホットコーヒーを渡した。


「今日で最後か。助かったよ。

 本当にありがとうな」


「こちらこそ……ありがとうございました!」


そこにユイもやってきた。


「ビューくん、最後の日なんて寂しいなぁ。

 いつでも遊びに来てね! 今度はお客さんとしてね!」


にこっと笑うユイの言葉に、ビューの胸がふっとあたたかくなる。

だがそのすぐ後、店長はカウンターに肘をつきながら、半ば独り言のように重いため息を落とした。


「あーあ……また明日から人が減るのか……つれえな……」


「……店長、あの、言いにくいんですけど」


「ん?どうしたユイちゃん」


「私、明日から一週間お休みですよね? 覚えてます?」


その表情からして、「これ何度目の確認だっけ」という呆れもほんのり混じっている。

店長は一瞬だけ静止した。次の瞬間、魂が抜けたような声を漏らす。


「……マジか……忘れてた……

 ビューくん、延長……無理? 無理か?

 今日で終わりじゃなくても……?」


そんな“藁にもすがる”視線を送られて、ビューは思わず身を引いた。

実習は今日まで。延長できるわけがない。


「ふふ、仕方ないですねぇ。

 店長、いくらまで出せます? 私、出てあげますよ?」


「値段交渉されてる!?

 バイトなのに人質みたいになってない!?」


ビューは思わず吹き出した。


(外界って……やっぱりよく分からないけど……

 でも……こういうの、嫌いじゃないな)


笑い声が喫茶店に広がり、

最終日の空気は、静かに、あたたかく締めくくられた。



寮の部屋に戻ると、端末が震えた。

最終日だったこともあり、自然な流れでいつもの4人がビューの部屋に集まっていた。


【教授より:特別レポート返却】


「おっ、今日のはいつもより長いな」


「特別レポートって書いてある……」


ビューは震える指で開いた。


《ビュー君。

 本日、あなたは“境界線を引く”という最成熟の魔術を身につけました。

 これは攻撃魔術でも防御魔術でもなく、

 “生きるための魔術”です。》


《外界の理不尽は、今後も容赦なく襲います。

 社会人になってから初めて遭遇した者は、

 深く、深く傷つきます。》


《しかしあなたは違う。

 今回、あなたは災害を“災害として扱う”ことを覚えた。

 自分を責めず、相手のゆがみを自分に持ち込まなかった。

 これは極めて大きな成果です。》


アッシュが思わず天を仰ぎ、肩を震わせている。

「おお、教授……今日も名言が渋い……!」


ミューは胸に手を当て、ゆっくり息を吐いた。

その表情には、まるで救われたような温かな色が差していた。


ラザンはと言えば──

難しい内容のはずなのに、なぜかぱぁっと顔を輝かせていた。

意味は全部理解していないらしいが、

“なんだか嬉しい”という気持ちだけは全身ににじみ出ている。


教授は続ける。


《そしてもうひとつ。

 本学・生成魔法研究所より通知が来ています。

 あなたの外界観察レポートが高く評価され、

 研究所インターンへの参加打診が届いています。》


「…………え?」


「え、研究所の採用!?!?!?!?」

「すごい……すごいよビュー……!」


アッシュとミューが驚きの声を上げる。

教授の文章は静かに締められていた。


《兼ねてから、生成魔法の評価は十分にありました。

 加えて、今回の成果。

 あなたの観察力は、魔術工学の発展に役立つでしょう。

 自信を持ちなさい。

 あなたは、よくやりました。》


ビューの目から、静かに涙がこぼれた。


(僕……報われたんだ……

 頑張って……よかった……)


胸の奥の光が、もう消える気配はなかった。


◇ 


夜空を見上げ、ビューは思う。


(外界の人たちって……やっぱりよく分からなかった)


理不尽もある。

圧もある。

矛盾もある。


でも──

ユイも、店長も、確かな“優しさ”もあった。


(理解できなくてもいい。

 怖がらなくていい。

 僕はもう、“境界線を張れる”から)


ビューは静かに微笑んだ。


明日からまた、新しい日が始まる。


彼の未来は、ゆっくり、でも確かに動き出していた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


今回は、某SNSで流れてきた「大学生に接客バイトは必修」というタイムラインから、

「あーそれめっちゃわーかーるー!」という衝動のまま書いた短めの連載です。


思った以上に“やさしい社会風刺”になりました。


少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや評価をいただけると励みになります!


鳳梨亭ほうり(Houritei Houri)

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