隙をつくには
ティアナの魔力が、明確に質を変えた。
黒い霧のようだったものが、鋭さを帯びる。
狙いは一つ――フィオナ。
それを察した瞬間、王はもう一度、前に出ていた。
「……っ」
今度は斬り合いですらない。
剣を振るう余裕もなく、ただ身体を滑り込ませる。
影が、王の脇腹を抉る。
「――ぐ、ぁ……」
声にならない音が喉から漏れた。
足が、わずかに沈む。
それでも、王は倒れない。
背後を、振り返らない。
「……陛下、もう……!」
フィオナの声が、揺れる。
王は、息を整えることもせずに言った。
「術を、止めるな」
短い命令。
だが、そこに迷いは一切ない。
ティアナは、その様子をじっと見ていた。
「……おかしいわね」
低く、静かな声。
「さっきから、あなた――」
黒い魔力が、再び膨れ上がる。
今度は、完全にフィオナを狙った直線的な圧。
王は、踏み出した。
剣を構えるのではなく、背を向ける形で。
衝撃が、背中を打つ。
鎧が軋み、内側まで響く。
「……っ、は……」
一歩。
また一歩。
それでも、距離だけは守る。
ティアナの目が、わずかに細まった。
「……なるほど」
王は、もう剣を振れていない。
腕は重く、呼吸は浅い。
それでも――立ち位置だけは、完璧だった。
影が、横から回り込もうとする。
王は、無理やり身体を捻る。
肩に、衝撃。
骨が鳴る。
それでも、影とフィオナの間に割り込む。
「……そこまでして」
ティアナが、問いかける。
「守る理由は?」
王は、ようやく振り返った。
ほんの一瞬だけ。
フィオナを見て、微かに口角を上げる。
「理由が、いるのか」
その直後。
膝が、折れかけた。
フィオナの星霊術が、臨界に達する。
空間が震え、星屑の光が重なり合う。
王は、最後にもう一度だけ前に出る。
剣を、地に突き立てて。
盾のように立つ。
「……今だ」
声は、掠れていた。
だが、確かに届いた。
王の背中は、血に染まり、呼吸は限界に近い。
それでも――
フィオナの前だけは、空けなかった




