母の日記
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わたしは、ティアナ。
そう呼ばれていたはず。
だれに?
わからない。
わたしには、娘がいた。
美しい子。
名前は――
……思い出せるうちに、書く。
失われる前に。
声が口から出ている。
でも、これは本当に“わたし”が話している声?
わたしはなに?私は誰なの?
ページの端には、爪痕が残っていた。
必死に、自分を掴みとどめようとした跡。
フィオナの喉が壊れたように痛む。
ページをめくるほどに、母の崩れていく筆跡が痛かった。
この部屋に案内される際に叔母ミレイアは静かに言った。
「彼らはね、“王女”であるあなたの母を必要としなかった。
必要だったのは“魔力を生む器”。」
フィオナの手が震え、ノートに涙が落ちた。
わたしは母でいたかった。
ただ、それだけだったのに。
会いたい。愛するあなたたちに…。
ごめんね、フィオナ……ごめん。
インクではない黒い液体が、文字の跡をつくっている。
もはや文章とは呼べない、叫びの断片。
――フィオナ。
フィオナ、フィオナ、フィオナ。
おねがい、あの子だけはたすけて――
おねがい、たすけて、
たすけ――
フィオナは本を取り落とした。
指先が震え、呼吸が乱れる。
「……お母さまは最後まで生きようとしていたの……?」
膝が床につき、涙が落ちた。
胸の奥が焼ける。
“お母さま”という言葉が、頭の中でこだまする。
呼んだこともないその呼び名が、どうしてこんなに痛いのだろう。
――落ち着かなくては。
わたしは真実を知りに来たのだから。




