国王の元へ
王城中枢、玉座の間。
重い扉が閉じられたままの広間には、足音ひとつない。
だが静けさは、安らぎではなかった。
張りつめている。
空気が、研ぎ澄まされすぎている。
王は玉座の前に立っていた。
――なにかが来る。
そう感じとっていた。
次の瞬間、影が落ちる。
床に、黒い染みのようなものが広がり、それがゆっくりと立ち上がる。
人の形を取り、輪郭が定まり、やがて一人の女になる。
ティアナだった。
着地の音はなかった。
それでも、空気が変わる。
重く、冷たく、息が詰まるような感覚。
王は目を細める。
「……やはり、来たか」
ティアナは視線を巡らせ、玉座を一瞥したあと、王へ戻す。
ティアナの口元が、わずかに歪む。
次の瞬間、黒い魔力が動いた。
試すような一撃。
床を抉るほどではないが、直撃すれば致命的な密度。
王は避けずに魔力強化した剣で魔力を断ち切る。
衝突の余波で、床に細かな亀裂が走る。
「……ふうん」
ティアナの目が、少しだけ細くなる。
「反応、判断、速度。どれも人間の域じゃないわね」
「お前もな」
王は一歩踏み出す。
それだけで、距離が詰まる。
速い。
だが、ティアナは下がらない。
剣と黒い魔力が、真正面からぶつかる。
火花のような音。
衝撃が、空気を震わせる。
王は押し切ろうとしない。
ティアナも、無理にねじ伏せない。
互いに、分かっている。
――ここで全力を出すと、隙が生まれる。
数合、打ち合ったところで、自然と距離が開く。
「……殺しに来た割には、随分と慎重だな。」
王が言う。
「ええ」
ティアナは即答した。
「あなたは、この国で1番強いでしょう?」
王は剣先を下げないまま、静かに言う。
「それでも、引く気はないんだろう」
「ないわ」
黒い魔力が、再び濃くなる。
「あなたは――私たちにとって邪魔だから」
ただそれだけ。
「そうか」
そう言って国王は踏み込む。
今度は、さっきより速い。
剣が閃き、ティアナの肩口を狙う。
避けきれないと判断した瞬間、黒い魔力が爆ぜ、強引に距離を作る。
壁に、深い亀裂。
瓦礫が落ちる。
「……やるじゃない」
ティアナの声に、ほんの少しだけ楽しげな響き。
王は答えない。
代わりに、再度踏み込む。
ここからが、本当の戦いだった。
王は、剣を構え直した。
今までより低く、無駄のない姿勢。
空気が変わる。
さきほどまでは、互いに「測っていた」。
だが今は違う。
――本気だ。
ティアナはそれを感じ取り、口角をわずかに上げた。
「……ようやく、ね」
言葉と同時に、王が動く。
床を蹴る音は一つ。
だが次の瞬間には、もう目の前にいる。
速い。
ティアナが反射的に魔力を走らせるより早く、剣が迫る。
斬撃は一直線。迷いがない。
防御では間に合わないと判断し、身体を捻る。
刃が、先ほどフィオナたちがつけた肩の傷口を掠めた。
黒い魔力が弾け、傷を浅くする。
それでも――
「……っ」
ティアナの足が、半歩下がった。
王は追う。
反撃する余裕を与えない。
一撃、二撃、三撃。
剣筋は美しく、洗練されている。
実戦の中で削ぎ落とされた、殺すための形。
ティアナは防ぎながら、理解する。
――この男、強い。
魔術を使わずとも、技だけで致命域に踏み込んでくる。
王という立場ではなく、剣士として完成している。
床が抉れ、壁に亀裂が走る。
一瞬の隙を突き、ティアナは魔力で距離を作った。
王は、深追いしない。
代わりに、剣を斜めに構え直す。
「……これでも、まだ足りないか」
独り言のように呟く。
ティアナは、少しだけ目を細めた。
「いいえ」
正直な評価。
「十分すぎるほどよ」
だが――だからこそ。
ティアナの黒い魔力が、わずかに質を変える。
量が増えたわけじゃない。
圧が、違う。
空気が重く沈み、呼吸がしづらくなる。
王は眉をひそめる。
「……さっきとは、違うな」
「ええ」
ティアナは、ゆっくりと歩き出す。
「あなたが本気で斬りに来たから」
黒い魔力が、肌に張りつくような感覚を伴って漂う。
王は剣を強く握る。
身体が、本能的に警告している。
それでも、退かない。
低く息を吐き、剣先を向ける。
王は理解した。
――次は、さっきまでと同じやり方では通じない。
剣を、わずかに引く。
体勢を変える。
「……来い」




