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逃げられた!

 黒い魔力が爆ぜ、塔が軋む。


 衝撃の余波が引いたあと、最上階には荒い風だけが残った。


 フィオナは、片膝をついたまま、剣を床に突き立てて身体を支えていた。


 息が、整わない。

 だが――意識は、はっきりしている。


 魔力も、まだ尽きていない。

 ただ、次の一手を放つ余力が、確実に削られている。


 数歩先で、リーネが壁に手をつき、なんとか立ち上がろうとしていた。


 ティアナは、二人を見回し――小さく首を傾げた。


「……あれ?」


 拍子抜けしたような声。


「もう、限界?」


 失望とも嘲笑とも違う。

 本当に、単純な疑問。


 フィオナは歯を食いしばり、剣を引き抜く。


「……まだ……」


 声は掠れているが、はっきりしていた。


 構えも、崩れていない。


 その様子を見て、ティアナは一瞬だけ目を細め――すぐに興味を失ったように、ため息をついた。


「あー……」


 肩を落とす。


「うん、でもいいや」


 黒い魔力が、ゆっくりと収束していく。

 先ほどまでの殺意の奔流ではない。


 研ぎ澄まされた、目的のための魔力。


「もう十分」


 ティアナは背を向けた。


「あなたたちを殺すという命令は入っていないしね。」


 一歩、夜空の方へ歩き出す。


「本命は、別にいるから」


 フィオナの背筋に、冷たいものが走る。


「……待って」


 声を張る。


 ティアナは、足を止めた。


 振り返らないまま、楽しそうに言う。


「なあに?」


「……狙いは、お父さまなの?」


 フィオナは立ち上がる。

 足は重いが、踏みしめられる。


 リーネも、短剣を握り直した。


 ティアナは、くすっと笑った。


「その状態でそれを聞くの?」


 振り返る。


 月明かりの下、群青の瞳が細く光る。


「もしそうだったとしてもあなたたちがあたしを止めるなんて無理でしょ」


 次の瞬間。


 黒い魔力が、線になった。


 奔流ではない。

 爆発でもない。


 一直線に、二人を貫くためだけの攻撃。


「――じゃ、邪魔だから」


 フィオナは即座に動いた。


「《氷障壁・多層》」


 氷の壁が、連続して展開される。


 ――一枚、砕ける。

 二枚目も、貫通。


 だが三枚目で、わずかに勢いが殺される。


 その隙に、フィオナは横に跳んだ。


 衝撃が、肩を掠める。


「っ……!」


 完全には避けきれない。

 だが、致命ではない。


 リーネが、雷を放つ。


「《雷閃》」


 牽制の一撃。


 ティアナは、避けもしない。

 黒い魔力が自然に弾く。


「……ほらね」


 冷たい声。


「最初より威力も落ちてる」


 黒い魔力が、再び集束する。


「次に会う時は――もう少し、仕上げてきなさい」


 解き放たれた衝撃が、床を砕く。


 フィオナとリーネは、強制的に距離を取らされ、瓦礫の向こうへ弾き飛ばされた。


 致命傷はない。

 だが、追える距離ではない。


 次の瞬間。


 ティアナの姿は、夜空に溶けるように消えた。

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