晩餐の時間
調合室の扉の向こうから、控えめな足音がした。
――一度、止まる。
それから、軽く二度。
「……フィオナさま」
聞き慣れた声だった。
フィオナは手を止めるが、すぐには返事をしない。
瓶の栓を閉め、ラベルを貼り、棚に戻した。
扉が静かに開き、リーネが顔を出す。
「晩御飯の時間です。」
「もうそんな時間?」
ランプの位置を見て、フィオナは目を細めた。
「……あー……」
言いかけて、何も続かない。
リーネは一歩だけ中に入り、調合台と棚を見回す。
成功の気配がないことを、口に出さなくても理解していた。
「……進みませんか」
「ええ……全然進まないわ…」
即答だった。
「理屈は合ってるのに、反応しない……ほんとなんでなんだろ…………」
「……そうですか」
リーネはそれ以上踏み込まなかった。
「陛下が、待っておられます」
「……」
フィオナは一瞬、視線を逸らした。
「今夜は、ここまでにしてください。続きは、明日に回しても薬は逃げませんから」
フィオナは調合台を見つめ、しばらく黙る。
棚に並んだ瓶たちは、どれも沈黙したままだ。
「……わかった」
短く言って、外套を取る。
リーネはほっとしたように息をつき、扉を押さえる。
廊下に出る直前、フィオナは振り返った。
「……呼びに来てくれて、ありがと」
リーネは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、すぐに姿勢を正す。
「務めですから」
けれど、声は少しだけ柔らかかった。
ランプの火が落とされ、調合室は再び闇に沈む。
未完成のままの薬がそこに残っていた。




