調合室の中
父に相談したところその日のうちに、ルチアナ王国から密使が放たれた。
宛先は――ヴィルド王国。
フィオナは執務室の机に地図を広げたまま、じっと待っていた。
あの王国は閉鎖的だ。資料を外へ出すこと自体、簡単ではない。
「……なるべく早く来るといいけど……」
独り言のような声に、答える者はいない。
***
三日後。
重い封蝋の施された箱が、王城の研究棟へと運び込まれた。
「ヴィルド王国より、正式な資料提供です」
そう告げられた瞬間、フィオナは思わず立ち上がった。
箱の中には、丁寧に写された写本と、数枚の原本。
――母・ティアナの筆跡だった。
「……間違いない」
行間に残る癖、魔術式の組み方。
見覚えがある。
そこに記されていたのは、魔族化を解除するというより――
元の種族構造を再構築するための薬理理論だった。
「成功条件が、厳しすぎる……」
読み進めるほど、わかってくる。
フィオナは、静かに目を伏せた。
「……母は、これを一人でやろうとしていたのね」
――ルチアナ王国、王城地下、調合室
扉が閉じる音が、やけに大きく響いた。
室内には、フィオナしかいない。
灯りは最低限。調合陣と作業台だけが淡く照らされている。
机の上に並ぶのは、ヴィルド王国から送られてきた写本と素材。
どれも古く、危険で、――それでも希望だった。
フィオナは深く息を吸い、吐く。
星霊族であることは、誰にも知られてはいけない。
調合過程を見られるわけにはいかない。
だから――1人でやるしかない。
フィオナは手袋をはめ、素材を一つずつ取り上げる。
調合陣が淡く反応する。
薬草が溶け、結晶が崩れ、液体が混ざり合う。
反応は正確で、静かで、――異様なほど従順だった。
(……やっぱり)
嫌な予感が、胸の奥に広がる。
理論は正しい。
素材も間違っていない。
それでも。
最後の工程。
薬液が、わずかに濁った。
フィオナは動きを止める。
失敗した――
フィオナは資料を引き寄せ、書き込みを始める。
修正点。
不足している安定項。
理論の抜け落ち。
(完成させる)
(絶対に、完全な形で)
調合室には、ペンの走る音だけが響く。
王女は、眠ることも、誰かに頼ることもなく、ただ黙々と――母を取り戻すための薬と向き合っていた。




