国王への報告
国王の執務室は、夜更けでも灯りが消えていなかった。
重厚な扉の前で、フィオナは一度だけ呼吸を整える。
そして、ノックをした。
「……入れ」
低く、疲れの滲んだ声。
扉を開けると、国王は机に向かったまま書類を見ていた。
その背は、以前より少しだけ小さく見える。
「お父さま」
その呼びかけに、国王の手が止まった。
「……どうした、フィオナ。こんな時間まで……休んでいなさいと言ったはずだ」
「大丈夫です。……どうしても、お伝えしたいことがあります」
国王はゆっくり顔を上げ、娘を見る。
「……座りなさい」
フィオナは椅子に腰を下ろした。
しばらく、沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは、フィオナだった。
「お父さま。…端的にお伝えすると、お母さまを救える可能性があります」
国王の目が、わずかに見開かれる。
「……何だと?」
「確証はありません。ただ……」
フィオナは視線を落とし、言葉を選びながら続けた。
「以前、ヴィルド王国を訪れた際……お母さまの部屋で、日記とは別の記録を見ました」
「……ティアナの……?」
国王の声が、わずかに震える。
フィオナは、まっすぐ国王を見た。
「お母さまは、魔族になったものを、元の種族に戻す研究をしていました」
執務室の空気が、凍りつく。
「……そんな……馬鹿な……」
国王は、反射的に否定しかけ――途中で言葉を失った。
妻の姿。
魔族の指揮官として立っていた、あの存在。
不可能だと言い切れるだけの材料が、もうなかった。
「……なぜ、そんなものを……」
「……おそらく」
フィオナの声は、静かだった。
「自分が、そうなる可能性を分かっていたからです」
国王の手が、机の縁を強く掴む。
「……っ」
「そして……」
フィオナは、ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせたが、逃げなかった。
「誰かが治してくれることを前提にしていた」
長く、重い沈黙のあと――
フィオナが口を開いた。
「わたしは、母を討つつもりはありません」
国王の目が、揺れる。
「……フィオナ……」
「止めます。でも、その先で――救える可能性があるなら」
はっきりと、迷いのない声。
「わたしは、それを選びます」
国王は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「……お前は……本当に、強くなったな」
それは称賛であり、同時に痛みだった。
「……分かった。その可能性、私も信じよう」
国王は、フィオナを正面から見据える。
「だが忘れるな。それは希望であると同時に、賭けだ」
「承知しています」
フィオナは、深く一礼した。
「……それでも、わたしは進みます」
母が残した選択肢を。
自分の意思で、掴むために。
執務室の灯りは、夜明けまで消えることはなかった。




