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父の謝罪

 そのとき――

 

 扉の外から、控えめなノック音が響く。


「フィオナ。入ってもいいか」


 聞き慣れた、低く穏やかな声。


 フィオナは、ほんの一瞬だけ呼吸を整えてから答えた。


「はい、お父さま」


 扉が開き、国王が姿を見せる。


 その視線が、真っ先にフィオナの足元、姿勢、顔色へと向けられたのを、彼女は見逃さなかった。


「……もう、立てるようだな」


「ええ。問題ありません」


 即答だったが、国王はすぐには頷かなかった。


 ゆっくりと一歩近づき、確かめるように言う。


「本当に、無理はしていないか」


「していません」


 少しだけ、言葉に力を込める。


「ちゃんと……回復しています」


 その一言で、ようやく国王の肩から力が抜けた。


「そうか……」


 短く息を吐き、そして続ける。


「少しいいか?」


 フィオナは黙って頷いた。


 部屋の中に、静かな緊張が満ちる。


 国王は椅子に腰掛け、フィオナにも向かいに座るよう促した。

 そして、ぽつりと聞いた。


「……撤退、したんですね」


 国王は否定しない。


「ああ」


 フィオナは一度、目を閉じる。

 悔しさでも、安堵でもない、説明のつかない感情が胸をよぎった。


「……お父様らしいです」


 そう言った声は、驚くほど落ち着いていた。


 国王は、ほんのわずかに眉を動かす。


「恨むか」


「いいえ」


 即答だった。


「追っていたら……たぶん、誰かが死んでいました。私も、兵士も……それに……」


 一拍置いて、続ける。


「お母さまに勝てる状況じゃ、なかったっ」


 “母”という言葉が、空気に落ちる。


 国王は何も言わない。

 ただ、その言葉を否定しなかった。


「……お父さま」


 声が、わずかに震える。

 喉の奥が詰まる。

 でも、止められなかった。


「……お母さまは、亡くなったのではないのですか……?」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが崩れた。


「お母さまは私を庇って亡くなったと……そう、聞きました。」


 フィオナの声が一段高くなった。


「でも、わたしは――あの人を、見ました……!」


 震える手で、自分の胸を押さえる。


「目の前で……剣を振るって、笑って……楽しいなんて言って……!」


 堪えていた感情が、一気に溢れた。


「お父さま……っあれは……お母さまだったじゃないですか……!!」


 沈黙が続いた。


 耐えきれず、フィオナは叫ぶ。


「なんでお母様がいたのです……?」


 声が、病室に反響する。


「……フィオナ」


 フィオナの問いに、国王はすぐには答えなかった。

 その沈黙が、かえって不安を煽る。


「――私は」


 一瞬、言葉を選ぶように間が空く。


「……ティアナが“生きている”ことを、知らなかった」


 その言葉が落ちた瞬間。


「……え?」


 フィオナの思考が、止まった。


「……知ら、なかった……?」


 聞き返す声が、かすれる。


 国王は、はっきりと頷いた。


「お前たちが拐われて、私が向かった時にはあの場にティアナの遺体は残っていなかった。けれど、フィオナの体にはティアナの大量の血が付着していた。あれほどに血の量を流していて生きれるはずはない。そして魔力反応も完全に途絶えた。――死亡と判断する以外、なかった。……生きているとは、夢にも思わなかった。まして、魔族として――など。」


 その言葉で、すべてが噛み合った。


 父は、本当に“死んだ”と思っていた。


 長い沈黙のあと、国王は椅子から立ち上がらなかった。

 ただ、両手を組んだまま、深く頭を垂れた。


「……フィオナ」


 その声は、王としてではなく――

 明らかに、父のものだった。


「私は……お前に、謝らなければならない」


 フィオナは、言葉を挟まなかった。

 ただ、視線だけを向ける。


「……ティアナの“最期”を、私は話さなかった」


 一瞬、国王の指先がわずかに震える。


「話せなかった。隠したかったのではない。――ただ、向き合えなかった」


 ゆっくりと、言葉を重ねる。


「あの日、ヴィルド王国の襲撃が起きたのは……私の判断ミスだった」


 フィオナの胸が、静かに締めつけられる。


「ヴィルドとの緊張が高まっていたのにも関わらず私は……問題ないと、判断した」


 国王は、目を伏せたまま続ける。


「その結果、連れ去られた」


 声が、低くなる。


 フィオナの喉が、ひくりと鳴る。


「……ティアナは」


 一度、言葉が途切れた。


「最期まで、お前を守ろうとした」


 国王は、ようやく顔を上げる。


「……逃がすために、前に出た。ただ1人の母として」


 フィオナの視界が、にじむ。


 その事実が、重く落ちる。


「それなのに、私は助けられなかった。」

 

 自嘲気味に、息を吐く。


「私は……あの時の光景を、お前に伝える資格がないと思った」


 国王の声が、低く沈む。


「妻を守れず、娘を壊しかけ、それでも王であろうとした」


 一拍、置いて。


「――弱かった」


 その言葉は、逃げではなかった。


「だから私は……ティアナは死んだという事実だけを伝え、それ以上を語らなかった」


 フィオナの胸に、怒りは湧かなかった。


 代わりに――理解してしまったことが、苦しかった。


「……お父さま」


 ようやく、口を開く。


「それは……わたしを守るため、だったんですね」


 国王は、首を横に振った。


「違う」


 即答だった。


「――自分を守るためだ」


 フィオナは、目を見開く。


「お前が壊れていたのを見るのが怖かった。そして……その原因が、自分だと知るのが、もっと怖かった」


 重い沈黙。


「……だから」


 国王は、深く頭を下げた。


「フィオナ。すまなかった」


 その謝罪は、簡単には受け取れないほど、重かった。


 父として。


「もう、隠さない。お前が進むなら、私は――逃げない」

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