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戦場準備の始まり

 石の床は冷たい。

 時間の感覚は、もう曖昧だった。


 フィオナは拘束されたまま、浅い呼吸を繰り返している。

 魔力を封じられているはずなのに――

 何かが、肌の内側をざわつかせていた。


(……変だ)


 音はない。

 誰かが来たわけでもない。


 けれど、空気が違う。


 ほんのわずかに、圧が増している。

 部屋そのものが、息を潜めたような感覚。


 フィオナは目を閉じる。

 集中しようとしたわけじゃない。

 ただ、無意識に――星霊族の感覚が、外へ伸びた。


 魔力の流れが、動いている。


 それも、ひとつやふたつじゃない。

 規則的で、意図を持った動き。


 それは軍としての動きだった。


 肌を撫でるような魔力の波が、遠くから何度も重なる。

 それは攻撃のための高揚ではなく、迎え撃つ側の、静かな準備の波だ。


 フィオナの胸が、きゅっと締まる。


(……ルチアナ王国側が……動いた……?)


 確信はない。


 息が少し、早くなる。


(……来てる……)


 それは希望でもあり、恐怖でもあった。


 助けが来るかもしれない。

 同時に――

 ここが戦場になるという意味でもある。


 拘束具が、わずかに軋む。

 フィオナは歯を食いしばる。


(……わたしが、ここにいるせいで……)


 誰かが傷つくかもしれない。

 死ぬかもしれない。


 その想像が、胸を刺した。


 だが次の瞬間、空気の奥に、別の気配が混じる。


 ――楽しんでいる。


 明確な悪意。

 そして、愉悦。


(……ティナ、お母さま……)


 母の名が、心の中でだけ震えた。


 迎撃準備の気配と重なるように、

 観察する視線が、確かにここを向いている。


 フィオナは、ゆっくりと息を吐いた。


(……もう、始まってる)


 王城側も。

 魔族側も。


 そして――

 自分を中心に、何かが大きく動き出している。


 拘束されたまま、逃げ場はない。

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