魔族VSルチアナ王国
魔族の国・外縁領域。
空は常に薄暗く、雲は低く垂れ込めている。
だがその日、空気の重さが明確に変わった。
――迎撃準備。
号令はなかった。
角笛も、叫びもない。
それでも魔族たちは動き出す。
黒鉄の城壁の内側で、魔族兵が無言で配置につく。
鎧の擦れる音すら最小限。
彼らは恐怖を知らないのではない。
戦争が日常であることを知っているだけだ。
高所では、索敵専門の魔族たちが魔力の流れを読み取っている。
王城側の進軍は、まだ視認できない。
だが――
「……来る」
誰かが呟いた。
それだけで十分だった。
地面に刻まれた迎撃陣が、ひとつ、またひとつと淡く光を帯びる。
防衛用ではない。
侵入者を“殺す”ための陣。
結界は張られない。
逃げ道を与える必要がないからだ。
奥の指令区画では、上位魔族たちが集まっていた。
誰も慌てない。
誰も声を荒げない。
「ルチアナ王国側が動いたな」
「本気だろう。進軍速度が異常だ」
「指揮は……王自身か」
淡々と交わされる会話。
そこに、緊張はあるが、焦りはない。
やがて、扉が開く。
ティアナが入ってきた。
一瞬、場の魔力が揺れる。
それだけで、彼女が別格であることが分かる。
「迎撃準備、進んでる?」
「抜かりなく」
「いいわ」
ティアナは地図の前に立ち、ルチアナ王国側の進路を指でなぞる。
「正面衝突はさせない。時間を削る。分断して、消耗させる」
その言葉は冷静で、戦術的だ。
だが次の一言で、空気が変わる。
「肝心な国王は……私が出る」
誰も異を唱えない。
それが最適解であると、全員が理解している。
地図の端――拘束区画の位置に、指先が止まる。
「ルチアナ王国が近づくほど、フィオナの心は揺れる。希望と恐怖が混ざる瞬間が、一番……壊れやすい」
その声音には、愉悦が滲んでいた。
「迎撃部隊は時間を稼いで。絶対に王をここへ通さないで」
「……承知」
ティアナは踵を返す。
「さあ」
低く、楽しげに。
「戦争を始めましょう。」
魔族の国が、完全に戦の顔になる。
静かに。
確実に。
そしてその中心に――フィオナという“一点”を巡る戦争があった。




