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運はどっちの味方か

 フィオナの身体は冷えた地面に横たわり、呼吸だけが細く続いている。

 魔力はほとんど枯渇し、星霊術の残滓だけが、かすかな霜となって周囲に残っていた。


 それは――

 救援にも、追跡にも、十分すぎる痕跡だった。


 遠くで、枝を踏み折る音。


 ひとつではない。

 複数。


 低い声が、霧の向こうで交わされる。


「……ここだな」

「氷の反応、まだ新しい」

「生きているか?」


 魔族の斥候。

 数は多くないが、慣れている足取りだった。


 彼らは、倒れているフィオナを囲むように距離を取る。

 不用意に触れない。

 それだけで、彼女が“普通ではない”存在だと理解しているのが分かった。


 そのとき。


 空気が、わずかに歪んだ。


 風が止まり、霧が沈む。

 まるで“上位の存在”が来る前触れのように。


 影が、森の奥から現れた。


 ゆっくり。

 堂々と。

 隠す気配すらない。


 ティアナだった。


 魔族の装束に身を包み、紅い瞳が薄く細められている。

 その視線は、周囲ではなく――ただ一人、地に伏すフィオナへ向けられていた。


「……やっぱり」


 呟きは、どこか楽しげだった。


 斥候たちは一斉に跪く。


「指揮官。対象を確認しました」

「生存していますが、魔力はほぼ――」


「分かってるわ」


 ティアナは近づき、フィオナの前で足を止める。


 しゃがみこむことはしない。

 見下ろすだけ。


 意識のないフィオナの表情は穏やかで、まるで眠っているかのようだった。


 その頬に、朝の冷気が触れる。


「……信号を、出したのね」


 楽しそうに、しかし低く。


「賢いわ。とても」


 指先が、空をなぞる。

 触れない。

 触れないまま、魔力の流れだけを読む。


「……ああ、なるほど。限界を超えてでも、知らせた」


 一瞬だけ、ティアナの表情から笑みが消えた。


 ほんの一瞬。


 その直後、斥候のひとりが不安げに口を開く。


「指揮官……ルチアナ王国側が、この反応を追えば――」


「来るでしょうね」


 あっさりと言う。

 ティアナは背を向けた。


「回収するわ。この子を」


「追撃は?」


「しない」


 その声は冷静で、決定的だった。


 斥候たちはそれ以上、何も聞かない。


 フィオナの身体が、魔族の術で慎重に浮かされる。

 乱暴さはない。

 だが、逃げ道もない。


 その瞬間。


 遠くで、微かな振動。


 ――ルチアナ王国側の部隊が、動き始めた兆し。


 ティアナは、足を止めて空を見上げる。


「……急がなきゃ」


 口元が、ゆっくりと歪む。


「目を覚ましたとき、あなたはもう“選ぶ場所”にいない」


 意識のないフィオナは、答えない。


 ただ、冷たい朝の空気の中で、ゆっくりと運ばれていった。


 ――時間は、確実に削られていく。

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