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壊れる心

 扉が閉まる音は、いつも同じだった。


 重く、乾いていて、逃げ場がない。


 拘束されたままのフィオナは、目を閉じて呼吸を整えていた。

 痛みはない。

 苦痛も、もう新しくはない。


 ――それでも。


 この沈黙だけは、慣れなかった。


「……まだ折れてない」


 低く、楽しげな声。


 ティアナだ。


 気配だけで分かる。

 足音の位置。

 視線が、どこに落ちているか。


「普通なら、もう壊れる頃なのに」


 フィオナは答えない。

 答える意味が、ない。


 ティアナは、ゆっくりと近づいてくる。


「ねえ、フィオナ」


 名前を呼ぶ声は、柔らかい。

 だからこそ、余計に歪んでいた。


「あなた、自分がどれだけ“使える”か分かってる?」


 フィオナの喉が、わずかに鳴る。


「星霊の器。人でありながら、理を越える魔力を持つ存在」


 一歩。


「壊すには惜しい」


 もう一歩。


 ティアナは、そこで立ち止まった。


「だから――」


 少しだけ、声が低くなる。


「使うことにした」


 フィオナの背筋が、凍る。


「安心して、何度も行っているけど殺しはしないわ。」


 その言葉が、何より怖かった。


「あなたには、やってもらうことがあるだけ」


 フィオナは、震える息を吐く。


「……何を、させるつもり」


 かすれた声。


 ティアナは、即答しなかった。


 代わりに、ゆっくりと告げる。


「魔族の国はね、理が歪んでる」


「力はある。でも、安定しない」


 その言葉に、フィオナは気づく。


 ――自分が、何として見られているか。


「だからまずは――あなたに道具になってもらう」


 フィオナは、奥歯を噛みしめる。


「拒否権は?」


「あると思う?」


 即答だった。


 ティアナは、背を向ける。


「大丈夫。あなたが壊れてから、少しずつ始めるわ」


 扉に手をかけ、振り返らずに言う。


「壊すか、使うか――どちらになるかは、あなた次第」


 扉が閉まる。


 また、沈黙。


 フィオナは、目を閉じた。


(……お父さまたちは、まだ動いてる)


 確信は、ある。


 でも――

 時間は、確実に削られていた。

明日から6時と21時に投稿します。

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