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真実の前夜

「……それは、明日話しましょう。」

エレノアは穏やかに言った。


「今日は長い旅だったのでしょう? まずは休んで。

 身体が疲れていると、心まで正しく働かなくなるわ。」


フィオナは、その言葉に一瞬戸惑った。

つい先ほど――“真実を話す”と女王が告げたばかりだったからだ。

 

「……はい。」


小さく頷いたフィオナの胸には、焦りとも安堵ともつかない感情が渦巻いていた。


 本当は今すぐにでも聞きたい。知りたい。

 けれどその言葉に、妙な説得力があった。


 「疲れていると、心が正しく働かない。」


 ――それは、今の自分を言い当てられたようだった。


 まもなくして案内された部屋は、広すぎず、過度に豪奢でもなかった。

 淡い布で統一された柔らかな空間。

 窓からは、遠くに灯った街の光が星のように瞬いている。


 フィオナは、ひとつ息を吐く。


 緊張がほどけるのがわかった。


 ――この国に来てよかったのだろうか。


 あの手紙がなければ、きっと来ていなかった。

 でも、その手紙を送った母はもういない。


 考えようとすると、胸の奥がきゅっと縮む。


 その時。


 コン、コン。

 控えめなノック。


「フィオナ様。晩餐の準備が整いました。」


「……ありがとう。すぐ行くわ。」


 フィオナは立ち上がる。

 鏡に映った自分は、少しだけ幼く見えた。


 ――大丈夫。歩ける。


 自分に言い聞かせるように扉へ向かう。

 侍女が先導し、フィオナは静かな廊下を進む。


 壁に飾られた布や花の装飾は、華美ではないのに丁寧だった。

 この城は、誰かが「大切に」保っている――そう思わせる空気があった。


 歩くたび、靴が床に小さく音を立てる。


 フィオナは胸に手を置いた。


 ――明日、母のことを知る。


 怖いのか、望んでいるのか、自分でもわからなかった。


 ただひとつ、確かなことがある。


 逃げない。


 それだけは、心がはっきりと言っていた。


「こちらです。」


 扉が開く。


 温かな明かりと、料理の香りが、ふわりと流れ込んだ。


 フィオナはゆっくりと中へ入る。


 そこでエレノアが迎える。

 もう女王の顔ではなく、家族の表情で。


「ようこそ、フィオナ。」


 その声に導かれて、フィオナは席に着いた。

 その声音だけで、この国がかつて荒れ果てていたことなど想像もできないほど落ち着いていた。


 テーブルには、焼いた白身魚の香草添え、根菜のポタージュ、色鮮やかな果実。

 飢饉に苦しんだ国とは思えない、温かみのある食卓だった。


「……ありがとうございます。こんなにも、食事が……整っているなんて驚きました。」


 フィオナがそう言うと、エレノアはかすかに微笑んだ。


「十年前よりずっと良くなったわ。でも――ここまで戻すのに、何年もかかった。」


 その言い方は、誇らしげでもあり、同時にどこか、喪失を隠すようでもあった。


 フィオナはまだ知らない。

 誰が何を失って、その上にこの平穏が成り立っているのかを。



 食堂の窓の外では、夜風が木々を揺らし、微かなざわめきが聞こえる。


「今日、城下を歩いたのね?」


「はい。活気で満ち溢れていました。」


 エレノアは首を小さく横に振った。


「活気がでてきたのはここ数年なの。皆、頑張って生きているわ。」


「……お母様がいた頃は、どうだったんですか?」


 フィオナは無意識に、しかし真っ直ぐに尋ねてしまっていた。


 一瞬だけ、空気が止まる。


 エレノアの長いまつ毛が影を落とす。


「――それは、明日話しましょう。」


 優しく、けれど逃げない声だった。


「今日はゆっくり休んで。あなたは、疲れているはずよ。」


 フィオナは気づく。

 自分が、思っているよりずっと……


 胸が重くて、息をすると少しだけ痛い。


「……はい。」


 返事は小さく、それでも確かなものだった。


 食堂を出ると、廊下の明かりは蝋燭のゆらめきだけ。

 高い天井と、遠くまで続く静寂。


 足音がやわらかに響く。


 胸の奥では、名前を呼ぶ声がした気がした。


 ――フィオナ。


 振り返っても、誰もいない。

 ただ、記憶のどこかに触れただけのような感覚。


「……お母様?」


 呟いても返事はない。

 ただ、風が通り抜けるように、静寂だけが残った。


 部屋に戻り、ベッドに横になる。

 まぶたが重く、意識が沈んでいく。


 ――その夜、夢の中で、フィオナは母の声を聞いた。


「……まだ、見てはだめ。」


目を覚ますと、涙が頬を伝っていた。

明日、真実を聞く――はずなのに。

明日の6時に叔母であるエレノア視点を投稿させていただこうと思っております!

続きが楽しみという方、内容が気になる方はぜひ読んでみてください!

また明日も通常通り21時から投稿させていただこうと考えております。

そちらもお楽しみください!!!

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