取り返しのつかない報せ
玉座の間に、重い足音が響いた。
「――失礼いたします!」
扉を開けて飛び込んできたのは、前線から戻ったばかりの伝令だった。
膝をつく動作すら乱れている。
国王は一目で察した。
「……言え」
短い命令。
伝令は唇を噛み、震える声で告げた。
「フィオナ殿下が――魔族に連れ去られました」
一瞬、音が消えた。
玉座の間にいた誰もが息を止める。
だが、最も強くその言葉を受け止めたのは――国王自身だった。
「……連れ去られた?」
声は低い。
怒鳴りも、動揺もない。
それが逆に、周囲を凍りつかせた。
「護衛は」
「全滅、ではありませんが……主戦力は壊滅。敵指揮官は、単独で戦線を制圧しました」
「シリウスの言った通りだな。」
国王の指が、玉座の肘掛けに食い込む。
「……確認だが、フィオナは生きているんだろう?」
「……はい。敵は“殺す意図はない”と見られます」
その言葉に、安堵と同時に、別の不安が胸を締め付ける。
「……生かしている、か」
国王は玉座の前に立ち、ゆっくりと息を整えた。
「魔族の国への侵入経路は?」
「現在、観測塔の記録を魔力痕から解析しようと思っていたのですが、全て手回しされてしまっていましたので………しかし、位置の特定は可能かと」
「なら急げ」
声が鋭くなる。
「相手はティアナだ。時間をかければかけるほど、フィオナの精神が削られる」
家臣たちがざわつく。
「陛下……しかし、相手は単独で前線を――」
「分かっている」
国王は、はっきりと言った。
「それでもだ」
そして、宣言する。
「これは戦争ではない。――娘を取り戻すための反撃だ」
玉座の間に、緊張が走る。
「精鋭を集めろ。魔力探知班、転移阻害対策班、すべてだ」
一拍置いて、国王は低く言った。
「……あの子は、強い。だがまだ子供だ」
その声には、王としてではなく、父としての焦りが滲んでいた。
「一人で耐えさせるつもりはない」
命令が次々と飛ぶ。
王城は一気に、戦時体制へ移行した。
そして国王は、誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……必ず迎えに行く。フィオナ」
その言葉だけが、静かな玉座の間に残った。




