シリウスの伝達
王城・執務の間。
急使として駆け込んできたシリウスの姿に、重臣たちがざわめいた。
「入れ」
国王の低い声が響く。
シリウスは片膝をつき、即座に頭を下げた。
「観測塔にて異常事態発生。魔族による強襲を確認しました」
「規模は」
「前線部隊を単独で制圧可能な指揮官が一名。配下は少数ですが、被害は相当数出ているかと思われます。そしてーーー」
国王の眉がわずかに動く。
シリウスは一瞬、言葉を選ぶように息を整え――はっきりと告げた。
「指揮官の姿が……ティアナ王妃と、完全に一致しています」
執務室の空気が、凍りついた。
誰かが息を呑む音がした。
「……ティアナ、だと?」
国王は立ち上がらない。
だが、その声から温度が消えている。
「はい。顔立ち、声、魔力の質――いずれも記録と一致します。錯覚や偽装の可能性は、限りなく低いと判断しました」
重臣の一人が、震える声で口を挟む。
「ば、馬鹿な……王妃様は、既に――」
「承知しています」
シリウスは即答した。
「ですが現場にいるフィオナ殿下は、一目で“母君である”と判断しました」
国王の指が、机の上で静かに止まる。
「……フィオナは、どうしている」
「現在、殿下は単独で足止めを行っています」
その言葉に、重臣たちが一斉に顔色を変えた。
「無謀だ!」
「相手が王妃様なら、なおさら――」
「――殿下の判断です」
シリウスは顔を上げ、まっすぐ国王を見た。
「『私が時間を稼ぐ。あなたは戻れ』そう、命令されました」
しばしの沈黙。
国王は目を閉じ、深く息を吸う。
「……状況は理解した」
そして、低く告げた。
「これは、ただの魔族襲撃ではない」
その言葉に、誰も反論できなかった。
立ち上がり、即座に命じる。
「王都防衛体制は臨時結界を張れ。そして近衛騎士団を待機、魔術団は観測塔周辺への転移準備とフィオナへ増援を。」
国王は、ゆっくりと目を閉じた。
(……ティアナ)
口には出さない。
だが、誰よりも理解していた。
あの名が出るということの重さを。
「……最悪の場合を想定する」
国王は静かに告げる。
「“王妃の姿をした敵”を、王国の敵として対処する準備をせよ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
玉座の間に響くのは、報告書をめくる音と、緊張した呼吸だけだった。
シリウスは、強く頭を下げた。
「御意」




