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親子の戦い

 氷の魔力が不安定に揺れる。


 フィオナの背後で、風を裂く音。


「――フィオナ殿下!」


 シリウスが前に出ようとした瞬間だった。

 防御陣形を崩し、剣を抜く。


「私が前に出ます。あれは――」


「だめよ、シリウス」


 低く、しかし即断の声。


 フィオナは視線を外さないまま、命じた。


「あなたは国王陛下のもとへ戻って。ここで起きている状況を、正確に伝えて」


「しかし――!」


「これは命令よ」


 一瞬、空気が張り詰める。


 フィオナはゆっくり息を整え、言葉を選ぶ。


「前線部隊を単独で制圧できる指揮官が一名。配下は少数。そして――」


 言葉が、わずかに詰まる。


「……王妃の姿をしている」


 それだけで、十分だった。


 シリウスは歯を噛みしめ、すぐに理解する。


「……承知しました。必ず」


 この場に残っているのは、この女ただ一人。


 黒紫の魔力を纏い、愉快そうに口角を上げる女。


「……ふふ。逃がしたのね、さっきの男」


 その声。


 その立ち姿。


 その、ほんの癖のある視線の運び方。


 フィオナの喉が、ひくりと鳴った。


「……」


 剣を握る手に、知らず力が入る。


 似ている、ではない。

 本人だ。


 幼い頃、何度も見上げた背中。

 眠る前に頭を撫でてくれた手。

 叱るときの低い声。


 ――死んだはずの、母。


「どうしたの?」


 ティアナが首を傾げる。


「そんな顔で見られると、余計に楽しくなるんだけど」


 その言葉に、フィオナの胸が軋む。


(違う……)


(この人は、母じゃない)


(でも――)


 脳が否定しても、感情が追いつかない。


 フィオナは一歩、前へ出た。


「……あなたは、どうしてここにきたのです?私を拉致するため?」


「そうよ?」


 あっさりと答える。

「なるべく、抵抗しないでくれるとありがたいんだけどね。」

 そう言うとにやり、と笑う。


「私と戦うなんて……面白い判断ね。嫌いじゃない」


 その瞬間。


 ティアナの足元が砕けた。


「――《星氷・束縛》!」


 空気が一気に冷え、氷の鎖が地面から噴き上がる。


 氷属性の星霊術。


 だが――


「おっ」


 軽い声。


 次の瞬間、氷は内側から弾け飛んだ。


 ティアナは笑っている。


「へえ……面白い術ね。星の力と氷を重ねてる」


 フィオナの背筋が冷える。


(見ただけで……理解した?)


 ティアナは指を鳴らす。


「じゃあ、私も少し遊ぼうか」


 ――黒い衝撃。


 フィオナは即座に後退し、結界を展開する。


 衝撃が結界を削り、腕に痺れが走る。


「っ……!」


「いい反応。でもね」


 ティアナの瞳が、愉悦に細まる。


「防御が“丁寧”すぎる。実践経験が少ないのね。」

 

 フィオナは歯を食いしばる。


 体全体に魔力を行き渡らせる。


「《星氷・断層》!」


 地面が凍り、段差が連続して発生する。

 視界と動線を切る、時間稼ぎ用の術。


 ティアナは足を止め、感心したように手を叩いた。


「へえ。賢い」


 そして、楽しそうに言う。


「ねえ。あなた――」


 一歩、踏み出す。


「すごく“懐かしい感じ”がする」


 その言葉で、フィオナの心臓が跳ねた。


「……っ」


「理由はわからないけどさ」


 ティアナは笑う。


「近くにいると、胸がざわつく。だから――」


 魔力が、一気に膨れ上がる。


「もっと、相手して?」


 フィオナは、震えそうになる足を叱咤した。


(違う)


(この人は、お母様じゃない)


(でも……)


 目の前の敵は、母の姿で、楽しそうに戦う魔族。


 フィオナは剣を構え直す。


「……あなたが誰であっても」


 声は低く、揺れていない。


「ここは、通しません」


 氷と星が、再び交差する。


 それは――

 時間稼ぎという名の、地獄の戦いの始まりだった。

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