観測塔の異常
「……この先は?」
フィオナが足を止めたのは、観測室のさらに奥。
普段は保守担当しか立ち入らない深層区画へ続く、細い螺旋階段だった。
階段の下から、かすかに冷たい空気が流れてくる。
「本来は封鎖区画です」
年配の術士が喉を鳴らす。
「ですが……今朝から、機器がなくなってしまって……」
「……え?壊れたと言うわけではないの?」
「はい。壊れた、ではなく……最初から存在しないように消されています。」
フィオナの表情が変わる。
「……案内して」
術士たちは一瞬ためらい、それから鍵を解いた。
――軋む音とともに、扉が開く。
階段を下りるごとに、空気は冷たく、重くなる。
魔力が希薄なのではない。
**“避けられている”**ような、奇妙な静けさ。
「……ここ、音がしない」
シリウスが小さく言う。
確かに、足音が反響しない。
壁に刻まれた魔法陣も、光を失っている。
最下層に辿り着いた瞬間――
「……っ」
フィオナは反射的に一歩下がった。
そこにあるはずのものが、ない。
本来なら中央に設置されているはずの――
王都全体の魔力を束ねる“観測核”。
装置そのものは存在している。
だが、核だけが――空白だった。
「……消えてる」
誰かが呟いた。
しかし、フィオナは首を振る。
「いいえ。消えたんじゃない」
ゆっくりと、装置の中心へ歩み寄る。
何もないはずの空間に、そっと手をかざす。
――指先が、何かに触れた。
「……ある」
フィオナの声が低く落ちる。
「ただし……《見えなくされてる》」
その瞬間、空間が歪んだ。
まるで水面に石を落としたように、何もないはずの中心が波打つ。
次の瞬間――
ぎり、と嫌な音が鳴った。
魔力でも物質でもない、“存在そのものが軋む感覚”。
「殿下、下がってください!」
シリウスが即座に前へ出る。
だがフィオナは動かない。
「……これは、隠蔽術式」
声は冷静だった。
「しかも王国式じゃない。古い……とても古い型」
空間の歪みの奥で、淡い光が一瞬だけ瞬いた。
星屑のような、冷たい輝き。
フィオナの喉がわずかに鳴る。
(……星霊術? いいえ、違う。でも……近い)
観測核は“消された”のではない。
観測そのものから切り離されている。
つまり――
「誰かが、王都の魔力の“目”を塞いだ」
沈黙が落ちる。
これが意味するのは一つ。
王都で何が起きても、観測塔は正確に感知できない。
「……これ、いつからですか」
「……三日前から、少しずつ……」
三日前。
フィオナはゆっくり息を吸った。
「……王都に、何かが入ってきてる」
それも――見つからないように、準備された“何かが。
フィオナはシリウスを振り返る。
「このことは、お父さまに直接報告します。記録はすべてまとめて」
「承知しました。すでに写しを取っています」
即答だった。
フィオナは一瞬だけ目を細め、わずかに頷いた。
だが安心はできない。
観測塔の最深部で眠っていた異常は、王都全体を覆う“前兆”だった。
昨日体調が悪く更新ができませんでした。
明日2話連続で21時に更新しますーーー




