帰還
王城の塔が見えてきたころには、夕日が金色に街を照らしていた。
フィオナを乗せた馬車が城門をくぐると、兵たちが整列して迎え入れる。
「フィオナ様、ご帰還を確認!」
その声が響くなか、フィオナは馬車から静かに降りた。
長旅の疲れは少しだけある。
それでも表情は崩さず、まっすぐ城内へ向かう。
(……お父様がわざわざ“至急帰還”なんて。やっぱり普通じゃない)
胸の奥がほんの少しだけ重くなる。
だが、その感情を押し隠して歩みを進める。
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謁見室の扉が開かれると、国王がすでに待っていた。
重臣たちも数名そろっており、空気は張り詰めている。
「フィオナ、よく戻った」
国王は娘を見ると、安堵と緊張の入り混じった表情で立ち上がった。
「急な呼び戻しになってしまったな」
「いいえ。必要なことならいつでも戻ります。……魔力異常が起きたと聞きました。状況は?」
フィオナの問いに、国王は短く息を吐いてから答えた。
フィオナの質問に、国王は低い声で答えた。
「王都北部で……“魔力の暴走”が起きた。突然、誰もいない場所で巨大な魔力が一気に膨れ上がり、そして跡形もなく消えたのだ」
「暴走……?誰かが魔法を誤って使ったとかではなく?」
「違う。術式の痕跡が一切ない。人の手によるものではない。まるで、そこだけ“魔力が勝手に暴れた”ような現象だ」
重臣であるファシード公爵が続ける。
「付近の地面は一部焦げ、石は砕け、草木は一瞬で枯れた形跡があります。しかし、魔獣も、人も、誰も見ていない。“何が暴れたのか”が全く分からないのです」
フィオナは息を飲んだ。
(……自然発生の魔力暴走なんて、聞いたことがない)
国王は、真剣な目で娘に告げた。
「フィオナ、お前に現地を見てほしい。王家の魔力なら……何か感じ取れるかもしれん」
フィオナは一瞬だけ考え、うなずいた。
「わかりました。明朝、すぐに調査に行きます」
「――それと、もう一つだ」
国王の声が、謁見の間に静かに落ちた。
フィオナはまっすぐ父を見る。
「今回の調査には“同行者”をつける。お前ひとりでは行かせられん」
「……どなたが?」
国王は重臣の方へ視線を送った。
その横に立っていた少年が一歩、前に出る。
黒髪で、姿勢が良く、礼儀正しく頭を下げた。
年はフィオナより一つか二つ上に見える。
「シリウス・ファシードと申します。魔力観測の補助と、状況確認を担当いたします」
シリウス・ファシード……初めてお会いしたわ。
ファシード公爵のご令息は留学に行っていたのではなかっただろうか。
そんな私の疑問を感じ取ったのか国王が続けた。
「シリウスには、一度調査のため帰国してもらった。シリアスは魔力分析に長けている。今回の異常は“何が起きたのか分からない”ゆえに、お前だけでは危険だ」
フィオナは静かにうなずいた。
「わかりました。ファシード公爵令息、よろしくお願いします」
シリウスは驚いたように目を瞬き、すぐに微笑んだ。
「こちらこそ、フィオナ殿下と共に任務にあたれるのは光栄です」
(……真面目そうな方ね。さすがファシード公爵の令息だわ。)
フィオナはそう判断し、気を引き締めた。
国王が最後に告げる。
「二人は夜明けと同時に出立せよ。“あれ”が再び起きぬうちに、原因を突きとめるのだ」
「「はっ」」
二人の声が、重く静かな空気の中に響いた。




