エルザリアの期待
木剣を構え直そうとした瞬間、エルザリアがフィオナの前に手を伸ばした。
「――ストップ。もう今日はここまで。」
「えっ……? でも、まだ――」
「だめ。」
エルザリアはきっぱりと言い切った。
ふだんよりも声が強く、フィオナは思わず口をつぐむ。
その表情は厳しいのに、瞳の奥にはさっきからずっと消えない驚きが揺れていた。
「フィオナ。あなた、今“自分がどれだけ無理して動いてるか”自覚してる?」
「……あ、う……」
フィオナはぽつりと視線を落とした。
息は荒くない。
でも胸の奥が、まだ熱い。
昨夜の魔力の残り火がずっと燃え続けているような、
不思議な浮遊感があった。
エルザリアは深く息をついて、
その肩に手を置く。
「今日は休むの。いいわね?これ以上続けたら、確実に倒れるもの。」
「……はい」
「はい、じゃなくて、ちゃんと理解して言ってる?」
「……はい」
ふにゃっと肩が落ちる。
エルザリアの口元が一瞬だけ緩んだ。
(本当はね……続けさせたいくらいよ。あの動き――正真正銘、“才能”の片りんだったわ)
さっきの踏み込み、見切り、流れのつなぎ方。
一朝一夕で身につくわけがない。
氷の星霊術を掴んだ瞬間、戦闘の才能まで一緒に呼び覚ましたかのようだった。
(あの子……もしかしたら、もっとすごいものになるかもしれない)
胸の奥の期待がぞわりと広がる。
だが――それを表に出すのはまだ早い。
エルザリアは平静を装いながら言った。
「フィオナ。まずは水をしっかり飲んで。シャワーを浴びて寝るの。いいわね?」
「……はい。ありがとうございます、エルザリア様」
深く頭を下げるフィオナ。
その横顔はまだ、訓練の余韻で熱を帯びていた。
彼女が歩いていく背中を見送りながら、
エルザリアはぽつりと呟く。
「……あれを“偶然”で片づけるつもりはないわよ。フィオナ……あなた、一体どこまで伸びるの?」
胸の奥に、期待という名の予感が強く灯り続けていた。




