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ヴィルド王国へ

 お母様がなんで……夢に……?

 いいことがある前触れだと思いたい。

 そう思い、カーテンを開けるとまだ朝の陽は低く、空は淡い灰青色をしていた。

 鳥の声が遠くで鳴き、街全体がゆっくりと目を覚ましていくようだった。


 フィオナは、宿の薄いカーテンをそっと開いた。


 窓から差し込む光は柔らかく、

 昨日感じた長い旅の疲れを、ほんの少し和らげてくれる。


「……ふぅ」


 深く息を吸って、リュックを肩に掛ける。

 城で着ている上質なドレスではなく、叔母に渡された 旅人向けのシンプルなワンピース。


 帯の締め具合を整えながら鏡を見る。

 そこに映る自分は、王女ではなく――ただの少女だった。


 自分に言い聞かせながら、部屋を出る。


 宿の階段はきしみ、小さな食堂からはハーブスープの香りが漂う。

 暖炉の火がぱちぱちと音を立て、店主は椅子を拭きながら笑った。


「おはよう、お嬢さん。もう出かけるのかい?」


「はい。少し街を歩きたいので」


「なら、大通りに出るといい。今日は市の日だ。賑やかだぞ」


 フィオナは会釈し、扉を押した。


 ――外の空気は、想像以上にあたたかかった。


 まだ人影の少ない道を歩くと、石畳に朝露の光がちらちらと反射する。

 軒先で猫が伸びをし、井戸端では主婦たちが早い会話を始めていた。


「昨日は真っ暗で気づかなかったけど……」


 視線の先には、緩やかな坂道の街並みが広がる。

 白い壁、木の窓枠、小さな花を飾った鉢。


 どこか、懐かしい。


 胸の奥がふっと揺れた。


 足を進めると、坂の終わりで――

 ぱっと視界が開けた。


 そこには大通りがあった。


 街はまるで目覚めを祝うように息づいていた。

 パン屋の前では焼きたての匂いが立ち、露店では新鮮な果物が並び、店主たちが元気よく声を張り上げている。

 それは、昨日見た静かな港町とは違う、もっと生きている音だった。


(お母様がいた国は……今、こんなにあたたかいのね)


 その事実に胸が少し締め付けられた。

「良くなっている」ことは嬉しいはずなのに、そこに母はいない――

 その欠落が、街の光の中で逆に濃く浮き上がる。


 大通りに出ると、人の声が波のように押し寄せてきた。


「見て! 見て! このコインが――こうなるんだ!」


 広場の中央では、大道芸人が子供たちを囲むようにして芸を披露していた。

 小さなコインが指先でひらりと踊り、次の瞬間には真っ白な鳩へと姿を変える。


「わぁぁぁぁっ!」


 子供たちが弾けるように笑うと、それに釣られて周囲の大人も笑った。

 笑いが街を伝って連鎖していく。

 その明るさは、どこまでも自然で、誰かに強制されたものではない。


(叔母様は……この国を守ったんだ)


 そう思うと、胸がじんとした。


 市場を歩いていると、不意に声がかかった。


「お嬢さん、旅人かい?」


 振り向くと、魚籠を肩に担いだ青年が立っていた。

 日焼けした肌に、明るい瞳。

 きっと海辺で生きてきた人だ。


「はい。旅で……この国を見に来ました。」


「そっか。なんだか……あれだな。」


 青年はしばらくフィオナの顔を見つめた。

 じっと、迷いなく。

 その視線は人を測るものではなく、思い出を確かめるものだった。


「――ティアちゃんに、似てる。」


 その名前が、空気を震わせた。


 フィオナの呼吸が、胸の奥でひっそり止まる。


「ティア……」


「うん。昔な、この街に来てくれたんだ。年は若かったけど、なんていうか……あの人が笑うと、周りまで明るくなるんだ。ちょっと困ってる奴がいたら迷わず声をかけて、子供にも大人にも同じように話してくれる優しい人だった。」


 青年は懐かしむように目を細める。

 その表情は、嘘のない、誰かを本当に慕っていた人の顔だった。


「ティアちゃんが来ると、街があたたかくなるんだよ。冬の日でも、なんだか春が来たみたいな……そんな人だった。」


 フィオナはゆっくりと胸に手を当てた。


 昨夜の夢の中で聞いた声。

 触れられそうで触れられなかった温度。


(――お母様は、ここで生きていたんだ)


 涙がこみ上げそうになる。

 でも、まだ落とさない。

 泣くには、まだ知らなければならないことがある。


「……教えてくれて、ありがとうございます。」


 深く礼をしたその時――


「フィオナ様。」


 柔らかい声が背後からした。


 振り向けば、紺の礼服に身を包んだ騎士が立っていた。

 その胸には、青い竜の翼の紋章が輝いている。


「女王陛下がお待ちです。どうか、ご同行を。」


 フィオナは静かに頷いた。


 市場の光景を、もう一度だけ振り返る。


 母が愛した街。

 母が守ろうとした国。


 そこに、確かに“生きた証”が残っていた。


(……お母様。私は、あなたを知らなかったわけじゃない。)


 そう思えた。


 涙ではなく、息を深く吸う。


「行きましょう。」


 フィオナは前を向き、歩き出した。


 真実の扉が、もうすぐそこにあることを知りながら。

最後まで読んでくださりありがとうございます

執筆をしている際、内容を少し変更したいと思ったので第一話「死んだ母の温もり」を大々的に変更してしまいました。

ぜひ続きが楽しみという方はもう一度読み直して頂けたら幸いです。

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