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3日目の夜

その日の訓練が終わり、夕食も済んだ頃。

 部屋の灯りだけが、静かに揺れている。


 フィオナはベッドに腰かけたまま、しばらく動かなかった。

 手のひらには、訓練場で冷え切った杖。


「……混ざらない、か……」


 エルザリアの言葉が、何度も思い出される。

 理解はした。

 納得もできる。


 だけど――


「だからって……できないままでいていいのかな……」


 ほとんど聞こえないほど小さな声だった。


 ゆっくり立ち上がると、そっとローブを羽織り、窓を少し開ける。

 外は深い霧。

 昼より冷たく、静まり返った空気。


 誰にも気づかれないように、音を立てず外へ出た。


 霧が流れる、小さな中庭。

 昼間より狭い分、魔力の動きがよくわかる場所だ。


 フィオナは息を整え、魔力を流す。


 ――ひゅ、と冷気が集まる。

 ――ふわ、と星霊の流れが寄る。


 合わせようとする。

 けれど、


 ぱち。

 ぱち……。


 “触れる直前”で霧の中へ散っていく。


「……っ、もう一回」


 何度も繰り返す。

 冷気、星の流れ、霧の粒――

 全部がバラバラの方向へ逃げていくようだった。


 一時間、二時間。

 霧の中で、ただ指の先の微かな光だけが瞬いていた。


 それでもフィオナは止まらない。

 指を震わせながら、魔力量をほんのわずかに調整する。


 氷魔術の形を少し崩す。

 星霊術の流れを少しだけ遅らせる。


 その“揺らぎ”の瞬間――


 ふっ……。


 霧が一斉に吸い寄せられた。


 フィオナの指先で、氷の白と星の光が、初めて――触れた。


 ぱん……!


 細い氷の粒が、星屑のように弾けた。


 フィオナは息を呑む。


「………………え?今……っこれ……だ……!」


 涙がにじむほど嬉しかった。


 できたわけじゃない。

 まだ形にもなってない。

 だけど――“混ざる”感覚を、確かに掴んだ。


「もう一回……!」


 次の瞬間から、フィオナは止まらなくなった。


 失敗しても、また同じ感覚を探す。

 成功すれば、そのまま力を乗せる。

 星霊と氷が重なり、また弾けて消える。


 夜が深くなるほど、彼女の魔力の軌跡は美しく整っていった。


 やがて空がわずかに白み始める頃――


 フィオナの指先から、淡い、星の光を帯びた氷花が咲いた。


「……っ……できた……!」


 声は震えているのに、瞳は鋭く澄んでいた。


 達成感と、まだ足りないという焦燥と、もっとやりたいという欲が混ざる。


 フィオナは気づかなかった。


 訓練場の壁の影に、心配して見に来たエルザリアがずっと見守っていたことに。




 ──エルザリアは止めに来たはずだった。


(魔力の使いすぎよ……少しでいいから寝かせないと)


 そう思って声をかけようとした。

 だが、手を伸ばす直前。


 フィオナが失敗しても、何度も、何度も立ち上がる姿を見て。

 そして――氷と星が重なった“あの瞬間”を見て。


(……ああ、これは……止められないわね)


 結局、エルザリアは一度も声をかけなかった。


 ただ腕を組んだまま、静かに見守っていた。


(ティアナ……フィオナは本当にあなたに似てるわ)


 そう呟く声は、霧に混じって消えた。


 東の空がゆっくりと明るくなる。

 フィオナはまだ、自分が見られていたことを知らない。


 ただ、氷と星が混ざる感覚を確かめるように、そっと掌を見つめていた。

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