3日目の訓練
薄い霧が漂う訓練場――前日と同じ風景。
けれどフィオナが一歩踏み出した瞬間、
すでに中央に立っていたエルザリアの気配に気づき、思わず足を止めた。
「……来てたんですね」
「……今日は最初から見ると決めていたの。あなたがどう“組み立てる”のか、ね」
エルザリアは淡々としているが、どこか気遣うように距離を開けすぎない立ち位置を選んでいる。
フィオナは軽く息を吸い、杖を握る。
「……始めます。」
魔力を集める。
指先に薄い冷気がまとまり、空気が静かに震え――
――ぱち。
昨日と同じ、小さな光の弾ける音。
冷気は形になる前に霧の中へ散った。
フィオナは表情を変えず、もう一度。
……何も起きない。
三度目。
四度目。
気温すら変わらない。
エルザリアは黙って見守っているが、
じっと見つめるその視線に気づくたび、フィオナの肩は少しだけ固くなった。
何回も何十回もやり直した。
1時間近く経ったところでポツリと呟いた。
「……やっぱり、だめだ……」
「そうね……理由はわかっている?」
フィオナは眉を寄せ、少し考え――
「……わたしの氷魔術と、星霊の力が……うまく重なってない?」
「そう。それが全部よ」
エルザリアは近づき、霧の粒を指先ですくうように触れた。
「氷魔術は“形を作るための冷気”。あなたの場合、星霊術は“自然の流れを借りて冷やす力”として使っているはずよ。本来なら相性は悪くないのに、あなたは両方を“別々のもの”として扱っている」
「……別々」
「あなたの中で、氷魔術と星霊術が全然混ざっていない。だから術式が噛み合わず、どちらも流れて消えてしまう」
フィオナは静かにうつむいた。
胸の奥には苦いものが残る。
「……わかっているんです。一昨日できたからって、調子に乗ったわけじゃない。でも……今日もだめで……」
言葉がふっと途切れた。
言いたい本音はある。
でも言えば弱く見える気がして、喉が固まる。
エルザリアはその沈黙を、急かさず待った。
フィオナはゆっくり息を吐き、ようやく搾り出す。
「……できないの、いや……です……っ。簡単な魔法じゃないってわかってても……やっぱり……」
“怖い”は言わない。
でも、その少し手前の弱さだけは、今は出せた。
エルザリアは、ほんの少しだけ視線を柔らかくした。
「できなくていいのよ。できない自分を理解するのも、訓練の一部」
「……わかっています。それでも……っ!」
「焦ってるのね」
フィオナは黙って頷いた。
エルザリアはそっとフィオナの手に触れ、魔力の流れを確かめるように言った。
「今日はもう、この訓練はやらない。あなたの中で氷魔術と星霊の力を混ぜる感覚――そこからやり直す」
「……はい」
「できなくてもいい。ただ、“混ざらなかった理由”を一緒に探すの」
それは、昨日までの厳しい指導にはなかった言い方。
フィオナは驚いたように目を上げた。
「エルザリア様……今日は、優しいですね」
「優しくしないと、あなたが途中で拗ねるでしょ」
「っ!?拗ねたりしませんよ!」
ようやく少し表情が緩む。
けれど――
この日も、星霊術は一度も成功しなかった。
氷と星は、一瞬触れそうで触れず、何度試してもすれ違ったまま。
「……やっぱり、できない」
「いいの。今日はその“できない理由”を知っただけで充分」
エルザリアはそう言い、霧の中を振り返る。
「明日も、そばにいるわ。続けましょう」
フィオナは杖を胸に抱え、静かに頷いた。
「……はい。明日も、お願いします。」
霧の奥で、冷たさがほんの少し、やわらいだ気がした。




