エルザリア視点
――二日目の夜、フィオナが眠ったあと
静かな霧の気配だけが訓練場に残る。
フィオナは疲れ果てて眠りについた。
氷の星霊術は、結局一度も成功しなかった。
……ただの一度も。
(――本当に、不器用な子ね)
それは責める意味ではない。
むしろ「よくこれで今まで魔術を使えたわね」と感心するほどだ。
フィオナの魔力は、あまりにも“強すぎる”。
流れを作る前に、常識の枠から溢れてしまう。
だから術式が形を取る前に崩壊し、何度やっても凍らない。
(ティアナとは真逆……)
本来なら星霊族でも扱えない領域の力に、素手で触れてしまう。
危うい。
でも――誰よりも可能性がある。
エルザリアは、昼間のフィオナの姿を思い返した。
必死に呼吸を整え、何度も何度も術を組み上げようとし、
最後には膝をついて、それでも立ち上がった少女。
(泣かないのね……あの子は)
ティアナは泣き虫だった。
逃げて戻ってきて、泣きながら食い下がるから成長した。
だけどフィオナは泣かない。
諦めもしない。
淡々と自分を追い込み、黙って前を向く。
(あの子……ずっと、何かを我慢して生きてきたのね)
エルザリアは胸の奥がわずかに痛む。
ティアナに似ているところはほとんどないのに、
なぜか同じものを見ているような気がして。
そして――昼間、氷が形にならない理由に気づいた瞬間。
(……まだ、力を“使う許可”を自分に出していない)
フィオナは無意識に自分を抑制している。
強すぎる力を怖がるのではなく、
“自分が誰かを傷つける未来”を恐れている。
だから術が凍らない。
星霊の反応すら拒んでしまう。
(優しすぎるのよ、あなたは……)
エルザリアはゆっくりと杖を立てかけ、霧に手を触れた。
訓練場に残るフィオナの魔力が、淡い青で揺れる。
美しい。
荒々しくて繊細で、今にも壊れてしまいそうな色。
正直に言うなら――怖いほどの才能だわ
本気を出したら、この世界を滅ぼすことだってできてしまうだろう。
でも今は、火をつける前の芯のように静かで冷たい。
だからこそ、伸ばしがいがある。
――星霊の氷を扱えるかどうか。
一つでも形になれば、あの子は一気に開花する。
あなたは、ティアナの“再来”なんかじゃない
霧が揺れ、エルザリアはそっと微笑んだ。
フィオナ。あなたは――“星霊族の未来そのもの”よ




